わたしのカメラ三昧 第16回 戦前の女性向けカメラ Vanity Kodak
インターネットオークションで手に入れた。最近インターネットオークションに頼りがちで困っている。まずはカメラの外観からご覧いただきたい。写真1である。
実は後述のとおり,このカメラは蛇腹に多数のピンホールがあったため,自作した蛇腹と取り換えた。これは取り換えた後の写真である。取り換える前の状態を記録するのを忘れていた。
写真1.Vanity Kodak外観(修理後)
写真2は蛇腹を折り畳んだ状態である。いずれの写真でもお分かりのように,全体が赤っぽい茶色に着色されており,なかなかいい感じである。
写真2.折り畳んだ状態
写真3をご覧いただきたい。ふつうカメラのケースといえば速写ケースであり,昔のものは革製の立派なものが多かった。しかし,このカメラのケースは箱である。Vanity Kodakという呼び名はこの箱に由来している。(vanity case = 携帯用化粧品入れ)
写真3.ケースの中のカメラ
以上のことから想像がつくであろうが,このカメラは当時の女性を狙ったものだそうだ。
ここでこのカメラの仕様をまとめておこう。小生が実物を手にとって鑑定したものだが,見ただけではわからない項目はインターネットなどを参考にした。間違いがあったらご容赦願いたい。
(1)名称 Vanity Kodak(Vest Pocket Autographic Kodak Series III)
(2)型式 ベスト判レンズシャッターカメラ
(3)適合フィルム A-127判
(4)フィルム送り ?巻上げ(巻き戻し不要)
(5)フィルム計数 赤窓式
(6)画面寸法 4×6.5 cm
(7)レンズ Kodak Anastigmat f=6.3, 83 mm
(8)ファインダー 反射式
(9)焦点調節 目測手動設定,棒ねじによる蛇腹繰り出し,最短撮影距離2 m
(10)露出調節 手動: 6.3/8/11/16/22/32
(11)シャッター Kodak製DIOMATIC No.0 T/B/10/25/50/100
(12)シンクロ接点 なし
(13)電池 不要
(14)質量 410 g(実測)
(15)寸法 約70 H×130 W×30 D mm(折り畳んだ状態での突起物を除く実測値)
(16)発売年 1928(昭和3)年
(17)発売価格 30ドル
(18)製造・販売元 Eastman-Kodak,USA
何と言ってもこのカメラの最大の特色はつぎの2点であろう:
① 色つきで携帯用化粧品箱に収納される女性向のカメラ
② 鉄筆で写真に文字などのメモを写し込める
まず,色であるが,茶,緑,青,赤,灰の五色があったらしい。ここで紹介しているのは茶色と思われるが,やや赤みがかっている。それがまた何とも可愛らしい。しかし,当時はモノクロ写真の時代であったろう。すると,カメラの色が綺麗でもそれで撮った写真のことを考えると何とも味気ない気がする。
また,女性向けのカメラということであるが,距離・シャッター速度・絞りをマニュアルで設定しなければならないので,失礼ながら当時の女性達に使いこなせたか疑問である。
このカメラはVest Pocket Autographic Kodakシリーズの一機種であるので,その特徴の一つとして写真(フィルム)に文字などを写しこめるようになっている。ただし,そのためにはA-127というフィルムを使わなければならない。
オークションの出品物の説明では蛇腹に破れはないとのことであったが,手に入れて点検したところピンホールが多数認められた。これを含めて問題点(要改善点)はつぎのとおりと判定された。
(1) 蛇腹に多くのピンホールがある
(2) レンズがやや汚れている
(3) ファインダーがやや汚れている
正確かどうかは不明だがシャッターは動いている。絞り羽根も問題なく動いている。
では,修理に着手しよう。
まず,最大の問題である蛇腹の修復。実は今回も懲りずにスプレーゴムを塗布して安易に解決しようとした。しかし,結果は駄目で蛇腹の状態はますます悪くなった。蛇腹を自作して交換するしかないとの結論に至った。
写真4.分解したところ
蛇腹を交換するには蛇腹部分が分解できなければならない。細かいところは抜きにして,このカメラはこれが非常に難しかった。とにかくレンズを外した状況が写真4である。
さらに分解して蛇腹のみを取り出したのが写真5である。実際,ここに至るまでは試行錯誤の連続であり,顧みて無駄も多かった。つまり,外さなくてもよいところを外してしまい,一部元に戻せないところも出てきたのである。「分解には熟慮の上に熟慮を!安易な分解は破壊をもたらす」
写真5.さらに分解したところ
蛇腹の自作は今回で3回目になる。しかし,今回も簡単にはできなかった。画用紙で試作すること5回に及んだ。6回目に黒い紙で仕上げたのが写真6である。この後外側を茶色のエナメルで塗装した。
写真6.自作した蛇腹
出来上がった蛇腹をカメラの筐体にはめ込んだのが写真7である。注意してご覧いただければ枠の周囲に爪状の突起が認められるであろう。このカメラは,部品の固定にねじをあまり使わずカシメ(リベット?)やこの写真のような爪(?)を多用しているのである。ご存じのとおり,これらの技術は組み立て方向には都合がいいのだが,分解や再組立てにははなはだ具合が悪い。実際,爪が折れないかとひやひやしながら組み立てた。
写真7.自作した蛇腹を装着
一方,カシメの部分はねじで締結した。近郊のDIY店でM1.7のねじを買ってきてビスとナットで固定したのである。写真8を注意深くご覧いただくと,枠の四隅の下の2か所にナットが認められるであろう。
レンズ部分の固定にもカシメが使われていたが,ここはカシメなしで済ませた。実際,不要なのである。
余談であるが,最近のDIY(Do It Yourself)店には実に専門的な部品まで種類多く取りそろえられている。カメラ用のねじのほか,抵抗・コンデンサといった電子部品まである。身近なDIY店にどのようなものが用意されているか?これを知ることもカメラの修理を捗らせるコツになろう。
写真8.自作の蛇腹を外枠に装着
以上で完成した姿が写真1である。
レンズとファインダーの汚れの対策は蛇腹修復の苦労に比べたらどうということはなかったので省略する。
ただ一言,レンズなどの(アルコールやベンジンでは落ちにくい)ひどい汚れに対してはハンドソープが有効であった。かつて,小生はベンジンでも取れないレンズのひどい汚れ・カビなどを落とすとき,金属磨きを使ったりしてかなり強引なことをした。しかし,それでも大した効果はなかった。それが,改めてハンドソープを使うとよく落ちることを知った次第である。
修理が終わったので試写しなければならないが,ここでこのカメラの使い方を見ておこう。仕様のところでも書いたが,このカメラの撮影条件はすべて手動で設定しなければならない。
写真9はレンズ正面である。レンズの上にある円錐台部分がシャッター速度設定ダイヤル。レンズの下に見える数字が絞りであり,レンズの右下に見える数字が(認めにくいが)撮影距離である。距離はフィートとメートルの両方で記されている。その距離はレンズ左下に見える刻み入りの棒ねじを回して設定する。
写真9.シャッター速度,距離と絞りの設定
レンズの前面同心円板の絞り値覗き穴の左側にはそれぞれの絞り値に対応した天気が記されている。写真9ではわかりづらいであろうし,f8のときの数値しか表れていなので,その全容を表1に示した。ただし,この表にはフィルムの感度が示されていない。
小生は英語が苦手なのでDULLとGRAYとの区別がつかない。前者は曇りで後者は薄曇りだろうか?CLEARを晴れとすると,BRILLIANTは快晴だろう。
こう考えると,このカメラが前提としているフィルムの感度はASA20あたりではなかろうか?(ASA20というのが当時あったかどうか,小生は知らない。)
を得る。ただし,ここで記号の意味はつぎのとおり。
EV : 露出量または露出値(Exposure Value)
F : 絞り値(F値)
T : シャッター速度〔秒〕
ASA : ASA感度(現在はISO感度と呼ばれている。)
なお,対数の底は2である。
(式2)に表1からF=8,CLEARのデータ(T=1/50秒)を代入する。CLEAR(晴れ)のときはEV=14であるから,
写真10.カメラの背面
このカメラはA-127判フィルムを使う。写真10をご覧いただきたい。赤窓の右側にTが右に90度傾いた形の図形が認められよう。そこにはUSE FILM NO. A-127と書かれている。実物を見たことはないが,A-127判ではフィルムと裏紙との間にカーボン紙のようなものが介在していて,裏紙の上を鉄筆でなぞるとその部分から光が透過してフィルムを感光させるようである。したがって,裏紙は遮光性を有していない。上記T型の中央に鳩目のような◎が見えるが,その穴に鉄筆を差し込んで左にずらすと裏紙が現れるようにできている。
なお,鉄筆はたとえば写真9の左上に見える小さな円環に差し込んで保管するようである。残念ながら手に入れたカメラでは失われていた。
では,撮影してみよう。
鉄筆を使ってメモを残すのはあきらめて,120フィルムを127フィルム幅に裁断して127フィルムのスプールに巻き替えて使った。
ところが,ここで失敗をやらかした。
実はBaby Suzukaで使ったフィルムの裏紙を再利用したのであって,その裏紙は中心線に沿って35 mm間隔で数字を記入したものだった。今回のこのカメラの画面はベスト判フルサイズ。巻き上げ間隔は70 mmでなければならない。それをうっかり忘れていたのである。
撮影を終わってトイラボさんに現像を依頼したのであるが,その現像着手直前に気づいて注文を取り消した。
まったく恥ずかしい話であるが,翻って考えてみると,なぜ両者同じ位置(中心線上)に番号が記入されているのだろうかという疑問がわいてくる。ピッチが違えば赤窓の位置も変えるべきではなかろうか?事実,4×4 cmに対しては,数字は端に寄った位置に記入されている。
この問題はいずれ明らかにするとして,改めて70 mm間隔で数字を記入した裏紙を使って巻き替え,カメラに装填した。
試写再挑戦開始。撮影には生憎の天気であったが,止むを得ない
まず,至近距離(2 m)で撮影した。写真11をご覧いただきたい。ほぼ狙ったところにピントが合っており,露出も適切なような気がする。正直言ってこれほどよく撮れるとは思っていなかった。構図もほぼ狙ったとおりである。八十余年前のカメラが蘇った瞬間である。
写真11.最短距離(2 m)から
つぎは5 mほどの距離からケルンを撮ってみた。写真12である。まあまあの出来ではなかろうか?すすきの穂が風に揺れているのがよくわかる。また,空が厚い雲に覆われて,よい天気でないことがわかるであろう。積み上げられた石は一つひとつが異なった色合いを見せており,その形とともにいい雰囲気を醸し出している。
写真12.中距離(4~5 m)から
さて,今度は無限遠。写真13をご覧願いたい。全体的に色気がないというか,白けた感じになった。やや太陽の方向に向けたのでそのためかもしれない。しかし,ピントがどこに合っているかはっきりしない。
そもそも,このカメラの距離目盛りには無限遠(∞)の表示がない。最長撮影距離は100 ft/30 mである。まあ,30 mも無限遠も大した違いはあるまいが。
写真13.遠距離
山の写真ばかりでは面白くないので平地の風景を撮ってみた。
写真14は近くの駅前に設置されている石像である。距離は3~4 mほどであったろう。そこそこに撮れていると思う。手前の赤い手すりと白い柵が他の写真との違いを浮き立たせている。
以上の撮影結果から考えるとファインダーはかなり正確であることがわかる。実際,このカメラのような小さなファインダーでは構図を正確に決めるのが困難と考えられ,単なる目安にするしかないと思っていた。それが,すべての距離においてほぼ自分の狙ったとおりの構図が得られたのである。ここに取り上げなかった写真も同様である。もちろん,トリミングはしていない。
写真14.駅前の石像
120フィルムを裁断して127フィルムを作ったのは今回で何回目になるだろう?最近はやや手際よく巻き替えができるようになった。何よりも,巻き替えに際してごみが混入しなくなった。
いつの日かA-127の自作(巻き替え)に挑戦してみたいと思っている。
■2012年9月22日 木下亀吉
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