わたしのカメラ三昧 第15回 ベスト半截判沈胴式カメラ GELTO.-III

 ずんぐり小さくて可愛らしい。半ば衝動的に買ってしまった。
買ってから調べてゆくと,謎の多いカメラであることが分かった。「謎」とは言っても,決して「いかがわしい」という意味ではない。
上のような事情から,何から書き始め,話をどのように展開したらいいのか構想が固まらない。以下,話が右往左往するかもしれないがご容赦願いたい。
 まず,最初にこのカメラの外観をご覧いただきたい。大きさを比較するため,有名なオリンパスペンと並べて撮ったものが写真1である。ご存知のとおり,ペンは35ミリハーフサイズである。これに対してゲルトはベスト半截判。つまり,前者は24×17 mmであり,後者は40×30 mm,面積にして約3倍の開きがある。それでもカメラの大きさはご覧のとおりである。

写真1.オリンパスペンD(左)とGELTO.-III

ただし,小さくても重い。手に持つとずっしりくる。見ただけでお分かりのとおり,鏡胴部分など金属の塊のようだ。計ってみると430 gあった。
ところが,ペンもほぼ同じ重さなのである。すると,重く感ずるだけで実際はそれほどでもないのであろう。
さて,このカメラのことを調べようとしたら直ちに問題にぶつかってしまった。まず,カメラ名のGELTO.-IIIを探し当てられないのである。(GELTOの右に点があるが,これはカメラに実際に彫り込まれているのでその表記を尊重したもの。)出版物やインターネットで探すと,GELTO-DIIIは頻繁に出てくるが,GELTO.-IIIが見つからないのである。名前からするとDIIIより古い型のようである。
唯一,小生の蔵書の中の「昭和10~40年 広告に見る国産カメラの歴史」の索引に載っていた。ただし,これは文章だけで写真がない。製造元はゲルトカメラワークスとある。
しかし,ゲルトカメラの広告が載っているページの写真を(虫眼鏡を使って)つぶさに見ていて,ゲルトカメラDIII型の写真にDのついていないカメラがあることを発見した。この広告にはGELTO CAMER WERKEという社名が出ている。ドイツのカメラメーカらしい名前だが,ドイツ語ならカメラはKAMERAであろう。
先に述べた索引によると,GELTO-DIIIには赤窓に金属製カバーが付いたということである。しかし,手元にある-IIIにも金属製カバーが付いている。
また,ゲルトカメラにはSTANDARD GELTO-DIIIとSILVER GELTOの2機種が併存していた時期があるようである。(SILVER GELTOには-DIIIが付かない。)この広告では製造元は東亜光機製作所となっている。また,ほかの広告では服部時計店写真機部となっているが,これは販売元であろうか?

一方,同じく小生の蔵書「幕末・明治・大正・昭和 カメラのあゆみ」の中にGELTOというカメラの紹介記事が載っている。製造元は高橋光学。1936(昭和11)年とある。しかし,この記事の写真に写っているカメラにはGELTO-DIIIと表示されている。
ここまで来ると混乱してきたというより,どうでもよいという気持ちになった。ごく大雑把に言うと製造元は最初高橋光学で後に東亜光機に変わった。販売元として服部時計店がかかわった時期があった。GELTO CAMER WERKEはちょっと茶目っ気を出したのであろう。

以上の紆余曲折を経て,このカメラの仕様のようなものがまとまった。上記の出版物も参考にした。以下のとおりであるが,私見が多いので間違いがあるかも知れないことをご承知置き願いたい。

(1)名称 : GELTO.-III
(2)型式 : ベスト半截判沈胴式レンズシャッターカメラ
(3)適合フィルム : 127判
(4)フィルム送り : ノブ巻上げ(巻き戻し不要)
(5)フィルム計数 : 赤窓式
(6)画面寸法 : 4×3 cm
(7)レンズ : Anastigmat Grimmel, 1 : 4.5, F = 50 mm
(8)ファインダー : 逆ガリレオ式
(9)焦点調節 : 目測,最短撮影距離0.5 m
(10)露出調節 : 手動,4.5/5.6/8/11/16/32
(11)シャッター : GELTO.-III(?) T, B, 1/5, 1/10, 1/25, 1/50, 1/75, 1/100, 1/250秒
(12)シンクロ接点 : なし
(13)電池 : 不要
(14)質量 : 430 g(実測)
(15)寸法 : 約78H×95W×55D mm(鏡胴を沈めた状態での実測外形寸法)
(16)発売年 : 1937(昭和12)年(?)
(17)発売価格 : 65円(速写ケース4円50銭)
(18)製造・販売元 : Gelto Camer Werke,高橋光学,東亜光機(?) ・服部時計店写真機部(19)特徴・特記事項 
①レンズ鏡胴は沈胴式
②フィルムの装填・取り出し時は軍艦部を取り外す
③速写ケースの上部に方位磁針装備

このカメラのシャッター名がわからなかった。しかし,改めて考えるとこれまでカメラ名としてきたGELTO.-IIIというのは実はシャッターの名前だったのかも知れない。GELTOはカメラの名前だとして,搭載されているシャッターはそのIII号機ということではなかろうか?シャッターの名前をカメラの名前として使っているということもできよう。
また,仕様欄の(19)にも書いたが,このカメラは沈胴式である。写真2は鏡胴を引き出したところである。小生の知っている沈胴式は,鏡胴を引き出して右にひねって固定するのであるが,このカメラはただ引き出すだけである。引っ張ってコクッと音がして止まる。それでOKである。

写真2.鏡胴を引き出したところ

さっそく撮影したいのだが,いろいろ問題がありそうである。一通り眺め,いじりまわした結果,以下のような問題のあることが判明した。

問題点
(1)シャッター羽根の閉じ方が遅い
(2)シャッター羽根が充分開かない
(3)ファインダーがよく見えない
(4)赤窓の蓋の動きがかたい
(5)方位磁針が動かない

では,修理しよう。

まず,シャッターである。

前面レンズの金属枠の周囲に刻みがあるのでこれに指をかけて反時計方向に回すとレンズが外れ,シャッター羽根が現れた。いつもどおりベンジンで洗浄したが,動き(閉じ方)は改善されなかった。幾分かは改善されたかも知れないが,記録も記憶もない
シャッターを分解すべきか? 小生は機械の素人だからシャッターの分解はいつもためらう。下手をすると破壊してしまう。分解を決断するのは,充分過ぎるほど入念に調べた後でなければならない。正直言って,シャッターに限らず,これまで衝動的に分解して幾つ木端微塵にしたことだろう?
ということで,いろいろ調べたところ,絞りを最大に絞ったときにのみこの不都合が起こることが判明した。最大とは絞りの最大目盛り32を超えて絞りリングの回転が止まるまで回すことである。最大目盛り32では問題ない。小生は普段ASA100のフィルムを使っている。この感度だと絞りはせいぜい16までしか絞らない。32など多分使わないだろうから,もちろんこれ以上に設定することはない。それで,このままでよしとした。
問題の(2)は,実はこの作業の途中に気づいたのである。シャッターを開放状態にしたとき,シャッター羽根が完全には開かないのである。ここでも「分解」の二文字が頭をよぎったが,詳しく調べると絞りをいっぱいに開いたときでも,シャッター羽根が絞り羽根の内側で止まることのないことが分かった。つまり,実害がない訳である。これでよしとした。
以上で問題の(1)と(2)が解決した。レンズを外したついでに汚れを拭っておいた。
つぎにファインダーの改善。

写真3.カメラの背面

ファインダーの接眼レンズ枠を外すと,レンズが付いていなかった。中をのぞくとレンズが転がっていた。接眼レンズの枠には円形(詳しく言うとC形)のばねが残っていた。どうもレンズを枠の中に入れて,この円形ばねで押さえていたようだ。それがどうしてこのようになったのか不思議でならない。とにかく,レンズを綺麗にして筒枠に収めたうえ,円形ばねで押さえて固定し,ファインダー部分にねじ込んだ。被写体がはっきり見えるようになった。これで問題(3)解決。
このカメラの背面には赤窓が2つ付いている。(写真3を参照。)なぜ2つなのか?
実は試写後にわかったのだが,本来の127フィルムの裏紙の中心線上には7 cmの間隔で数字が印刷されている。つまり,ベスト判(4×6.5 cm)に対応しているのである。一方,このカメラの2つの赤窓の間隔は3.5 cmである。よって,この2つの赤窓を交互に使うことで3.5 cmの間隔で巻き上げ,ベスト半截判に適用できることになる。
で,その蓋が固くて赤窓を現わすのが厄介である。
そこで少量注油してやったところ,まあまあの動きに改善された。問題(4)が解決した。

最後に方位磁針の件。
このカメラの速写ケースを写真4に示す。革製の立派なものである。
面白いのは,そのケースの上面に方位磁針が埋め込まれていることである。再度写真4をご覧いただきたい。菱形の方位磁針がわかるであろう。カメラのケースに何で???
小生が子供の頃,遠足や運動会には水筒を携行したものだ。そのときの水筒の栓に方位磁針が付いていたことを思い出す。実用価値はほとんどない(使う機会がないということ)のだが,当時の流行だったのだろう。

写真4.速写ケース

話がそれてしまった。この方位磁針が傾いたまま動かないのである。カメラとしてはどうでもいいのだが,気になって仕方がない。
埋まっているのを掘り出したが,それ以上分解するのは不可能なようなのでやめた。で,コチンコチンと衝撃を与えたら動き出した。掘り出すことはなかったのである。(分解するときは熟慮に熟慮を!安易な分解は破壊をもたらす。)
接着剤を塗布して元のとおり埋め戻して問題(5)が解決した。
さて,修理と言えるほどの修理ではなかったが,一応終わったので試写することにしよう。
このカメラは127フィルムを使う。小生は容易に手に入る(それでも最近は注文しないと望みのものが手に入りづらくなった)ASA100の120判カラーネガフィルムを127サイズに截断して127判用スプールに巻いて使った。
問題はこのフィルムの装填である。
装填するにはカメラの軍艦部(トップカバー)を外さなければならない。写真5をご覧いただきたい。軍艦部を外したところである。(左にはスプールがあり,右はスプールが入っていないのがお分かりいただけよう。)

フィルムを装填するには,まずカメラの外でフィルムの巻かれたスプールからフィルム(実際には裏紙)を少し引き出し,その端を空のスプールの軸に巻きつける。それを両手で持って(片手では持てない)カメラの上面から落とし込むのである。これが非常に難しい。フィルムがほどけないようにしつつスプールを2本持って,隙間に挟み込むように押し込まなければならない。フィルムとその裏紙に巻き癖がついており,なかなか素直に収まってはくれないのである。
それでも悪戦苦闘の末何とか装填できた。

写真5.軍艦部を外したところ

では,写してみよう。
まずは至近距離から撮ってみた。写真6をご覧いただきたい。このカメラの最短撮影距離は0.5 mである。鉢植えにした花を取ったのだが,あまりパッとしない。花にも鉢にも艶がない。

写真6.至近距離から

つぎに,近距離で撮ってみた。写真7である。白けて見えるが,これはカメラのせいでも小生の腕のせいでもない。夏の暑い日中のこととて,竜の背景の天井付近から霧状の水を散布しているのである。涼しいのはいいが写真を撮るのに非常に困った。風向きによっては,霧状の水滴がカメラをめがけて襲ってくるのである。距離は1 mほど。

写真7.近距離から


写真8.中距離から

今度は自動販売機を撮ってみた。写真8をご覧いただきたい。距離は3 mほどか?そこそこに写っているが,周辺の光量不足が顕著である。
小生の家の近くには児童公園がある。最後にその一角を撮ってみた。写真9。距離は10 mほどもあろうか?子供のいない児童公園は寂しい。

写真9.やや遠距離から

以上の試写結果を総括すると,やはりレンズが問題だろう。どれもビシッと決まっていない。戦前のカメラ(もしかしたら戦後かも知れないが)としてはこんなものだろうか?

ところで,このカメラの名前GELTOの語源は何だろう?
すぐに思いついたのはドイツ語のゲルトだ。金銭を意味する。しかし,発音は /gelt/ でも綴りはGeldである。命名者はそのことを承知で敢えてGELTOにしたのかも知れない。(そうしないと,仮に輸出することになった場合,「銭(ぜに)」ではちょっとえげつないであろう。)
ドイツ語ではないとすると,つぎに思いつくのはエスペラントである。エスペラントの場合,名刺はすべてOで終わるので文法的にも矛盾しない。しかし,エスペラント辞典で調べてもgeltoという単語は見つからなかった。
念のためスペイン語,英語,フランス語も調べたが該当しそうな単語は見出せなかった。
広告でGELTO CAMER WERKEとドイツ風の社名を名乗ったところを勘案すると,ずばりドイツ語のGeldではないかも知れないが,やはりその辺りを意識しての命名ではなかったろうか?

参考文献
1.酒井修一(監修):「昭和10~40年 広告に見る国産カメラの歴史」,朝日新聞社,1994
2.全日本写真連盟(編):「幕末・明治・大正・昭和 カメラのあゆみ」,朝日新聞社,1976

■2012年9月12日  木下亀吉

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