わたしのカメラ三昧 第45回 子供向けカメラ「メイカイ EL X」
1.はじめに
近郊のまちでフリーマーケットが催されるということで出かけた。
9時開始ということだったので8時頃まで自宅で時間をつぶし,会場に着いたのは9時5分頃であった。開始早々に行っても何もないのではないかと心配したのであるが,何の何のすでに大勢の人でにぎわっていた。
ゼンザブロニカが出品されるとの事前情報をもとに探して回ったがそれらしいカメラはなかった。カメラを多く出している店も何店舗かあったが,いずれも高価でわたしの手の届くものではなかった。
それでも2, 3周会場を見回っているとおよそカメラとは縁のないような品物を出品している店でオリンパスのOM-1と35ECを格安で得た。
その勢いという訳ではないが,さらに別の店で今回ご紹介するメイカイELXを見つけたのである。まず,写真1でその外観をご覧いただきたい。
写真1.メイカイELXの外観
かつて東郷堂が子供向けに出した安価なカメラらしい。今日流に言えばトイカメラあるいはおもちゃカメラとなるのだろう。とは言っても,普通の子供はなかなか買えなかったそうである。
その存在を知ってはいたが,実物を見るのは初めてであった。
安っぽいビニル製ではあるが,きちんとケースに納まっていて,レンズにはレンズキャップがかぶせられていた。一応過不足のない状態であった。
店主と思しき小母ちゃんに値段を聞くと1,000円だとのこと。即座に「えぇ?千円?」と驚いたように問い返すと,「う~ん,では500円。」と値を下げてきた。「500円?これはおもちゃのカメラですよ。写るかどうかもわからない。せいぜい300円位かなと思ったのですが…。」とやや抗議するような口調で言うと,「ケースも付いているし…」ということを言い出し,さらに値を下げる意思はないようだ。これ以上は無理だと判断し,「そうですね。1,000円のところを半値にしてくださったのですから,500円でいただきましょう。」ということで決着した。
ここの小母ちゃんとの話の中で,別のまちで行われるフリーマーケットに関する情報を得た。また,フリーマーケットには開始時刻前から客が訪れるという実情も知った。ゼンザブロニカはこのような人にすでに買われていたのかも知れない。
2.仕様と特徴
まず初めに仕様を確認しておきたい。しかし,実を言うとよるべき資料がないのである。わたしが現物を見てインターネットでの記事を参考にしてまとめたものが以下の結果である。多分に間違いがあることをあらかじめご承知おき願いたい。
(1)名称:Meikai ELX
(2)型式:35ミリロータリシャッターカメラ
(3)感光材料:135判フィルム
(4)フィルム送り:レバー巻き上げ,クランク巻き戻し
(5)フィルム計数:手動復元順算式
(6)画面寸法:24×36 mm
(7)レンズ:MEIKORLENS f=50mm単玉
(8)ファインダー:透視ファインダー
(9)距離調節:不要(固定)
(10)露出調節:絞りお天気マーク3段階手動切り替え:曇り(f8?)/晴れ(f11?)
/快晴(f16?)
(11)シャッター:露光時間固定ロータリシャッター
(12)シンクロ接点:X接点(?)(ホットシュー付き)
(13)電池:不要
(14)概略質量:270 g(実測)
(15)概略寸法:120 W×80 H×65 D(突起物を除く実測)
(16)発売(製造)年:1963(昭和38)年頃?/1980年代?
(17)発売価格:?
(18)製造・販売元:東郷堂(?)
特徴として何を挙げたらいいだろ?普通のカメラとして捉えれば何もない。強いて言えばロータリシャッターが珍しいということだろうか?
このシャッター,本当にロータリシャッターと言うのだろうか?当初はギロチンシャッターと思ったのであるが,手入れ時にシャッターの動きを見たところ穴の開いた円盤が回っていた。(1回転する訳ではない。)それで,ロータリシャッターと呼ぶ機構ではないかと思った次第である。(写真3参照。)
一方,子供用に安価に提供しようとして作られたカメラとして,さらに当時の状況を考えればかなりの特徴が浮かび上がってくる:
① パトローネ入りの35ミリフィルム(ボルタ判ではない。)
② セルフコッキング(フィルム巻き上げと同時にシャッターがチャージされる。)
③ 二重露光防止
④ フィルム巻き上げ未露光表示
⑤ ホットシュー
ところが,上に書いた「当時」というのが実ははっきりしないのである。仕様欄にも書いたように,このカメラの製作年代が正確にわからない。1960年代という説と1980年代という説があるようだ。その時間差は20年にも及んでいる。
また,インターネットなどで検索すると,メイカイELは見つかるが,ELXというのは見つからない。ELよりは遅れて発売されたに違いないと思うのだが,それ以上はわからない。
なお,カメラ本体正面上部にセレンの採光窓のような作りがあるが,これは単なる飾りである。
3.初期状態
全体に薄汚れている以外に特に問題となるようなところは見られなかった。正直言うと,シャッター機構を中心に,本来どうあるべきかわからない。つまり,正常動作がわからないので,逆に悪い箇所を抽出できないのである。ただし,遮光材が劣化していることだけは即座にわかった。
そこで,ダミーのフィルムを装填して撮影の真似をしてみた。すると,フィルムの巻き上げが非常に固く,ときどきパーフォレーションが破れるかスプロケットが空回りしているような感触があった。原因は巻き戻し軸が異常に固いことである。たしかに,フィルムの装填が困難であった。
また,上記撮影の真似で1回のフィルム巻き上げで多くの場合2度シャッターが切れることを確認した。これでは二重露光は防止されない。ただし,3度切れることは1度もなかった。
以上のことから問題点を以下の3点に決定した。
(1)巻き戻し軸が固い
(2)二重露光防止が不完全
(3)遮光材が劣化している
写真2.メイカイELXのフィルム室
4.手入れ・修理
まず,巻き戻し軸の件。
これは簡単によくなった。何のことはない。少量注油したのである。問題(1)が解決。
つぎに,二重露光防止機構の問題。
これはどう見ても内部の問題であろうと考え,どう分解するかで迷った。普通はまずトップカバーを外すのであるが,このカメラではその開け方がわからない。
そこで,鏡胴を外した。外し方は簡単で,鏡胴根元の側面2箇所に+ねじがあり,これを外したら鏡胴全体がすっぽりはずれたのである。写真3をご覧いただきたい。非常に簡単な作りである。鏡胴内部はレンズ1枚とシャッターだけである。失礼,シンクロ接点も組み込まれていた。
さて,ここまで分解して,フィルムを巻き上げ,シャッターボタンを押して観察した結果,原因はカメラ本体側にあることが判明した。
シャッターを露出させる必要がなかったわけだが,ついでにシャッターまわりのごみを払い,駆動部に少量注油した。しかし,このことによってシャッターの開閉が不完全になってしまった。以前もこのような経験をしたことがあるので充分注意したつもりであるが,またやらかしてしまった。余分な油を丁寧に拭き取って正常と思われる状態に戻した。
写真3.シャッター
二重露光防止の話に戻ろう。
フィルムを巻き上げ(実際にはフィルム巻き上げレバーを回すこと。フィルムは装填されていない。),シャッターボタンを押すことを繰り返しながら観察しているとき,ふとしたはずみで一度巻き上げた後さらに巻き上げるとシャッターは1度しか切れないことを発見した。もっとも,「さらに巻き上げる」とは言ってもレバーの遊びの角度+ほんのわずかの角度回すとそれ以上回らない。
要するに2度巻き上げれば問題ないので,このまま使うことにした。オリンパスペンFなども2度巻き上げなので特別不自然なことではない。問題(2)が解決(?)
最後に遮光材。
これはいつもどおり習字で使う下敷きを裁断して両面テープで貼りつけた。問題(3)が解決した。
5.使い方
マニュアルカメラを使い慣れている人にとっては特別なことは何もない。
フィルムを装填したら,フィルム計数をリセットしなければならない。リセットするためのダイヤル(歯車)がフィルム巻き上げレバー先端の背面側にあるのが写真2でお分かり頂けるであろう。これを回して初期値に設定する。
フィルムを巻き上げるとシャッターボタン横の窓(写真4参照)が赤くなる。シャッターボタンを押すと赤が白に変わる。この状態ではシャッターを押しても切れない。
露出に関しては,光の強さ(天気)に対応して,快晴・晴れ・曇りのマークに合わせるだけである。シャッター速度は一定で調整できない。また,ピント調整もできない。
なお,メイカイ<EL>の使用説明書には「セルフタイマー使用可能」とあるが,これは外付けのタイマーを装着できるということであって,タイマーは内蔵されていない。このカメラでも同様であり,シャッターボタンの根元を見るとねじが切ってある。カブセ式のタイマーを使うのだ。
写真4.軍艦部
6.試写結果
富士フイルムの業務用カラーネガフィルム36枚撮りを装填した。感度はASA100である。
今回は家の周囲を手当たり次第に撮った。
まずは近距離から愛犬を。写真5である。このカメラではこの距離が限界,というかすでにピンボケ状態である。ソフトフォーカスと言えば格好よかろうが,背景の植物のほうがより鮮明に写っているのでそうも言えない。
写真5.近距離景
つぎにもう少し離れたところから撮ってみた。写真6をご覧いただきたい。自動販売機であるが,この程度の距離に対してはかなりいい写りではなかろうか?
写真6.中距離景
民家をやや離れたところから撮ってみたのが写真7である。これもまあまあの写りである。どうもこのカメラでは写真6と写真7程度の距離がちょうどいいようである。
写真7.準遠距離景
遠距離景は写真8である。
最近は一年中空気がよどんでいるので遠くのものは霞んでしまう。遥か遠方に屁の字山がかすかに見える。その左側に1,000メートル近い高山があるのであるが,まったく認められない。このカメラのレンズの限界であろう。
やや南方向を向いて撮ったので写真が逆光気味に仕上がった。
写真8.遠距離景
7.おわりに
単玉レンズでありながらいずれの写真からも歪みが感じられない。写真2でおわかりのとおりフィルム面が彎曲している。この工夫によって歪みを矯正しているのであろう。
ところで,メイカイという名は,当初メイカだったそうである。ところが,これにライカから苦情が来たらしい。確かに,アルファベッドではMeicaだったといい,Leicaとは頭文字1字だけの違いとなる。そこで綴りをMeikaとしたらしいが,それでも不充分であったのか,結局末尾にiを付加してMeikaiに落ち着いたそうである。もともと「明快」に由来したものであったらしく,そういう意味では原点に落ち着いたことになろう。
しかし,本当にそうだったのだろうか?
東郷堂のカメラにはメイの付く機種とトヨの付く機種が良く知られている。また,どうも東郷堂というのは1社ではなかったようなことも聞いた(読んだ)ことがある。
そこで,今回少し詳しく調べてみた。一番頼りになるのはCamerapediaの記事であった。その結果得たことを簡潔に箇条書きにすると以下のようになる。ただし,真偽のほどは定かでない。
(1)戦前の1930年に(長束,田中,豊田の)3人の義兄弟が東郷堂を設立した。東郷堂は東郷平八郎に因んで名づけられた。(長束と東郷平八郎はともに鹿児島出身だとのこと。)
(2)1935年にMeikoフィルムパックを使うMeikoシリーズ蛇腹カメラを発売した。
1937年の中頃Meisupi(横二眼を含む)を出し,その後しばらくしてMeikai(横二眼を含む)を出した。
(3)終戦の年(1945年)に東郷堂は解散した。
(4)戦後,義兄弟のうちの一人(田中氏)が豊橋で東郷堂製作所を興してカメラの製造を始めた。
社名はその後東郷堂産業(有)あるいは(有)東郷堂となり,単に東郷堂とも呼ばれた。ある場合は豊橋の名を冠した。(豊橋東郷堂か?)
1957年の中頃には東郷堂光機(株)となり,その後大真精機になったようである。
トヨカ(Toyoca)の名称は「豊橋・カメラ」(TOYOhashi CAmera)に由来していると考えられているようである。
トヨカのほか,HitというサブミニチュアカメラやHobixと言うボルタ判フィルムを使うカメラも作った。
(5)同じく義兄弟のうちのもう一人(豊田氏)が山梨で(株)東郷堂を興してカメラの製造を始めた。
1954年には関連会社として東郷堂商事(株)ができた。
同社はその後明興社となり1971年にメイカイ産業となったそうである。有名なMeisupiiもここで作られた。1980年代にメイカイELをまだ製造していたということである。
「広告にみる国産カメラの歴史」によれば,明興社が最初に出てくるのは1957(昭和32)年のようである。すると,明興社に移行したのは遅くとも1957年ということになる。
このカメラのレンズッキャップには東の文字を図案化したと思われる模様が浮き彫りされている。写真9をご覧いただきたい。明らかに「東郷堂」の「東」であろう。
写真9.レンズキャップ
そうすると,メーカーはまだ東郷堂を名乗っていた時代の製品ではなかろうか?しかし,上にも述べたようにメイカイ産業となった後もメイカイELを作っていたということであるから,東の図案は社名変更後も使われていたのかも知れない。
余談だが,東郷堂の社章は○の中に十と5を重ねたものだったようだ。戦前のものと思われるカメラの写真を眺めていてわかった。最初何の記号かと不思議に思ったのであるが,TOU(十)GO(5)ということであろう。
135判フィルムを使う有名な横二眼のトヨカ35は1955年に発売されたという。
参考文献
(1)「メイカイ<EL>使用説明書」,(有)明興社
(2)「役立ち情報サイト」http://www.geocities.jp/je2luz/jouhou01.htm
(3)「Tougodo」CAMERA PEDIA, 」http://camerapedia.wikia.com/wiki/Tougodo
(4)アサヒカメラ(編):「国産カメラの歴史」朝日新聞社,1994
■2014年7月24日 木下亀吉
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