わたしのカメラ三昧 第42回 「オリンパスワイド」

1.はじめに
気候がよくなると外に出て写真を撮りたくなる。もちろん,銀塩カメラで。
さあ,今回はどのカメラにしようかと棚を物色するとオリンパスワイドが目に付いた。以前買ってそのまま放置されていたのだ。記録を繙くと,2013年の8月に1,800円で購入したことがわかった。
わたしとしてはやや高い買い物であったが,前から欲しかったものであり,数度の挑戦の末ようやく得たのであった。まずはその外観を写真1でご覧いただきたい。
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写真1.カメラの外観
オリンパスワイドには数種類あるようだが,わたしが特にこのカメラを気に入ったのは何と言ってもフィルム巻き上げがノブ式であることである。ノブ巻き上げは古いカメラの象徴と思っている。
ところで,35ミリワイドカメラというのが一時期流行したそうである。西暦で言えば,1955年から1960年頃までのわずか5年間ほどのことになる。そのワイドブームを惹き起こしたのがこのオリンパスワイドだったとのことである。(参考文献①参照。)当然ながら,「日本の歴史的カメラ」にも収録されている。(参考文献②参照。)我が家も貧乏ながら戦後初めて買ったのがワルツワイドというカメラだった。たしか1959年のことだったと思う。ただし,このカメラの所有権は兄にあったので当時わたしが扱うことはなかった。

 

2.仕様と特徴
このカメラの仕様を確認しておこう。インターネットにオリンパスから公表されている記事や参考文献をもとにわたしがまとめた仕様は以下のとおりである。ただし,間違っている箇所があるかも知れないことをあらかじめご承知おき願いたい。
(1)名称:Olympus Wide
(2)型式:レンズシャッター式透視ファインダーカメラ
(3)感光材料:135判フィルム
(4)フィルム送り:ノブ巻き上げ,ノブ巻き戻し
(5)フィルム計数:手動復元順算式
(6)画面寸法:24×36 mm
(7)レンズ:D.Zuiko-W F.C. 1:3.5 f=3.5 cm
(8)ファインダー:採光式ブライトフレーム
(9)距離調節:目測手動(最短撮影距離 0.6 m)
(10)露出調節:手動(絞りf 3.5~16)
(11)シャッター:COPAL-MX B, 1~1/300秒
(12)シンクロ接点:あり
(13)電池:不要
(14)概略質量:545 g(実測値)
(15)概略寸法:125 W×80 H×60 D〔mm〕(突起物を含まず)
(16)発売(製造)年:1955(昭和30)年
(17)発売価格:16,900円
(18)製造・販売元:オリンパス

仕様は以上のとおりである。ご覧のとおり特筆すべきことはない。それより,ここでオリンパスワイドの系譜を見てみよう。同じくオリンパスから公表されているインターネットの記事から拾った結果は以下のとおり。

表1.オリンパスワイドシリーズの系譜

発売年 名  称  価格(注1) 特     徴
1955 オリンパスワイド 16,900円 オリンパス35Vに35mmレンズを搭載
  オリンパスワイド2 15,900円 レバー巻き上げ
  オリンパスワイド(Wマーク) 11,500円 低価格化
1957 オリンパスワイドE 18,900円 電気露出計搭載,レバー巻き上げ
1957 オリンパスワイドスーパー 37,000円 距離計連動,パララックス補正
1958 オリンパスワイドスーパーII セイコーシャSLVシャッター

注1.価格にはケース代が含まれている。

この系譜からも,今回ご紹介するカメラがオリンパスのワイドカメラの元祖であったことがわかる。

 

3.初期状態
戸外に持ち出して撮影するに耐えるのかどうか調べてみた。その結果,以下のとおりの症状を確認した。
(1)10分の1秒以下のシャッターにねばりがある
(2)ファインダーが曇っている
(3)裏蓋ロック用スライド金具が固い
(4)遮光材がやや劣化している
(5)レンズキャップがゆるい(パッキンが劣化している)

 

4.手入れ・修理
まずはシャッター。
10分の1秒以下とはいわゆる低速である。スローガバナ―と言うのだろうか?それが油切れを起こしているのであろう。
しかし,25分の1秒以上は正常に作動するようであるから実際問題としては障害にならない。つまり,無理してシャッターに手を付けて失敗するよりこのまま使った方が安全ということである。何しろわたしの技能はまだまだ初心者の域を脱していないのである。やや情けない気もするが,当面シャッターはこのままで使用することにした。
シャッターが解決(?)したら残りは大した問題ではない。実はこのままの状態でフィルムを装填して試写に臨んだのである。(ぐずぐずしていたらタイミングを逃してしまう。)

以下の記事は撮影を終わってからなしたことである。

ファインダーの曇りの件。

ファインダーの汚れを取り除くにはトップカバーをはずさなければならない。幸い逆ねじはなく,比較的簡単にはずれた。写真2をご覧いただきたい。
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写真2.軍艦部を開ける

実際のところ,はずさなくてもよいところまで外してしまった。まあ,それだけ分解・組立が容易だということになる。
ハーフミラーをうかつに触るとハーフミラーでなくなるので,今回は水洗浄で済ませた。その他のガラス(レンズ?)はアルコールでよく拭った。
その結果,ファインダーは見違えるほど綺麗になった。裸眼で見るよりこのファインダーを通して見た方が綺麗に見える気がする。ファインダーは,やはりこうでなくっちゃ!問題(2)解決。

つぎに裏蓋ロック用のスライド金具。注油しながら気長にスライドさせたら実用上問題ない程度の固さになった。問題(3)が解決!
遮光材の劣化の件はしばらくこのままとした。(試写結果でも問題ないことが証明された。)
最後にレンズキャップのパッキンの問題。
合成皮革を幅6mmに裁断してキャップの内側に両面テープで貼りつけた。ややきついが,ゆるいよりはよかろうということでOKとした。
以上で問題は解決された。

 

5.使い方
このカメラはごく素直な作りなので,使い方に関しては特に言うことはない。
ただ一つ気を付けなければならないのは,フィルムを装填したらフィルム計数をリセットしておくことである。つまり,自動リセットではないのである。
また,注意事項ではないが,このカメラは完全手動式なのでピント合わせも絞りもシャッター速度もすべて撮影者が手で設定しなければならない。ピント合わせには距離計があれば,また露出合わせには露出計があれば便利である。それらを持ち合わせていないときは勘ピュータに頼らなければならない。ピントはもちろん目測。露出の方は,ASA100でシャッター速度100分の1秒または125分の1秒の場合,曇りではf8,晴れではf11,快晴のときはf16とする。このとき,何より大切なのは状況を客観的に捉えることである。人間の目は非常に良くできていて,しばしば判断を誤るのである。
なお,巻き戻しノブの上にCOLORとかEMPTYとかの文字が書かれているが,これはメモ用であり,設定しなかったからと言って写真の写り具合に影響するものではない。

 

6.試写結果
今回もASA100の業務記録用カラーネガフィルムを装填して脈絡なく写した。
完全マニュアル機なので適正な露出を得るためには露出計が必要である。出がけに露出計を抽斗から出して点検すると,何と正常に動かないではないか。電池の起電力を点検すると,電圧不足である。そこで電池を交換してみたがやはり電圧不足となる。何のことはない。電池の起電力の点検機能も損なわれていたのである。(メータがおかしくなっていた。)
仕方がない。今回は勘ピュータに頼ることにした。ピント合わせも目測だから丁度いいだろう。
近くの町でお田植祭が行われるということで出かけた。
その会場に行く途中綺麗な水の湧き出る泉があった。泌泉と書いて「たぎり」と読むらしい。その泉を撮った。写真3である。綺麗な水を写真に撮るのは難しい。水の綺麗さがおわかりいただけるであろうか?
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写真3.中距離から

その傍に石碑があったので最短距離で撮った。写真4である。ちょっと露出過多であろうか?勘ピュータの限界か?それでも明治廿年(20年)というのが読み取れる。
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写真4.石碑(最短距離から)

つぎに,古い形の郵便ポストを1枚パチリ。わたしはこの形のポストが好きで,見ると撮らずにはいられない。季節や時刻それにカメラが違ったら同じポストでもまた撮ってしまう。今回は何度目だろう?写真5である。なかなかいい出来ではなかろうか?色がいい。郵便ポストのこの赤というか朱の塗装がなかなかいい。
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写真5.郵便ポスト

最後に遠景を撮ってみた。その結果は写真6のとおり。この写真から歪の少ないことがわかる。発色も悪くない。ただ,レンズの解像度(と言うのだろうか?)は今一つといった感じがする。昔のレンズはこんなものなのだろう。
レンズといえば,わたしの貧弱な知見では1980年頃を境に非常に良くなったと思っている。レンズに関しては詳しくないのだが,電子計算機による設計技術が飛躍的に進歩したのではなかろうか?もちろん,それに見合った製造技術の進歩もあろう。
また,同時にフィルムも良くなったらしい。これによって,古いカメラでも充分使用に耐えるようになったのであろう。わたしが古いカメラを楽しめるのはこのフィルムの進歩のおかげでもある。
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写真6.遠景

 

7.おわりに
オリンパスは最初高千穂何やらという社名であったそうだ。それが輸出するに際して,外国人にも馴染みやすい呼び名を付けようということでオリンパスに決まったそうな。何でも,高千穂といえば(日本では)神々の集う(降臨した)場所。ヨーロッパでこれに該当するのはオリンポス山というのが理由らしい。
キヤノンが観音から来ているらしいし,ペトリもペトロ(キリストの使徒?)に因んでいると聞いたことがある。どうも日本のカメラメーカは宗教的な雰囲気が漂う。3社だけでこう考えるのは早計に過ぎるかもしれないが,このうちの2社はトップクラスのメーカ,他の1社も1.5流と言われたメーカであった。

参考文献等
(1)白松 正:「カメラの歴史散歩道」,(株)朝日ソノラマ,2004
(2)歴史的カメラ審査委員会(編):「日本の歴史的カメラ」増補改訂版,日本カメラ博物館,2004
(3)アサヒカメラ(編):「国産カメラの歴史」朝日新聞社,1994

■2014年4月23日   木下亀吉
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