わたしのカメラ三昧 第14回 Tsubasa Semi F1の再生
小生は過去3回にわたって「蛇腹の自作」に関する記事を書いた。書いた後で小生の提示した蛇腹自作の手順が本当に正しいのか,一般に通ずるのかどうか,おさらい(検証)をしてみたくなった。だから,対象となるカメラは,蛇腹が失われているか,修復が絶対に不可能なほどにボロなのがいい。
ところで,最近リサイクルショップなどで古いカメラを手に入れるのが難しくなってきた。徐々に古いカメラが枯渇しつつあるのだと思う。つまり,古いカメラを手放す人はすでに手放し終えており,趣味などで持っている人は手放さないのだろう。
そんなわけで,今回もインターネットオークションで手に入れた。写真1をご覧いただきたい。素性の知れないボロボロの蛇腹カメラである。
写真1.カメラの初期状態
ご覧のように,軍艦部には赤地の白抜きでKKKと表示されており,その下にKIGAWA KŌGAKUと書かれている。すると,KKKはカメラの名称ではなく,木川光学(株式)会社だろうか?
写真1で黄色い丸で囲んだ部分にKIKO/TSUBASAと刻印されている。(斜線は改行の意味である。)最初これを「機構/ツバサ(翼)」と解釈した。つまり,「このカメラの機構はツバサ(というメーカが)担当した」ということの表現と考えたのである。しかし,KIKOも木川光学かも知れない。
TSUBASAという語を頼りに調べていくと,どうもこのカメラは木川光学製造のTsubasa Semi F1ではなかろうかと思うようになった。Semiはご存じのとおり,「セミ判」すなわち画面サイズ6×4.5 cmのことであろう。
ということで,このカメラの仕様的なものをまとめてみた。現物を見て小生が判断したほか,インターネットや出版物のお世話になった。
(1)名称 Tsubasa Semi F1?
(2)型式 6×4.5 cm型レンズシャッター式スプリングカメラ
(3)適合フィルム 120判
(4)フィルム送り ノブ巻上げ(巻き戻し不要)
(5)フィルム計数 赤窓式
(6)画面寸法 60×45 mm
(7)レンズ BESSEL 1:3.5,f=75 mm
(8)ファインダー 逆ガリレオ(?)
(9)焦点調節 目測手動前玉回転式,最短距離5 ft
(10)露出調節 手動,絞りf 3.5-22
(11)シャッター メーカ不明(自社製?)B/10/25/50/100/200
(12)シンクロ接点 あり
(13)電池 不要
(14)質量 540 g(実測)
(15)寸法 100 H×120 W×45 D mm(実測)
(16)発売年 1952(昭和27)年?
(17)発売価格 ?
(18)製造・販売元 木川光学
上記のとおり,特徴のない蛇腹カメラである。発売当時の価格はついにわからなかった。さて,入手したばかりのカメラを手に取って調べたところによる初期診断結果はつぎのとおりであった。
(1)蛇腹大破。交換を要す。
(2)レンズは汚れあるも,カビ・傷なし。
(3)シャッター粘り著し。シャッターレリーズボタン自動復帰不能。
(4)貼り革禿げてボロボロ
(5)内部に埃,ごみ多し。金属部分に錆び。シャッターレリーズ連結機構部に蜘蛛の巣あり。
(6)ピントリング回転良好。
(7)絞り機能良好。
まあ,これだけひどいカメラを見るのは初めてのような気がする。ただし,手入れさえすれば使える状態になることを確信した。
写真2.鏡胴と蛇腹をはずす
まず,不要な蛇腹を取り外した。写真2をご覧いただきたい。蛇腹がなくなると,内部が如何に汚れているかがわかる。
写真3は取り外した蛇腹とそれを固定する枠である。枠は特に損傷はなく,引き続き使えそうである。
ところで,この蛇腹外し,簡単ではなかった。先に示したBaby Suzuka IIでは枠の周囲4か所に穴が開いていてねじ止めする仕組みであった。しかし,このTsubasaでは枠はカメラ本体の板金にはめ込まれている。結局,底板を外した後この枠をずらしてはずすことができた。(底板は写真2の右側に見える3つのねじをはずしたら簡単にはずれた。)
写真3.外された枠と蛇腹
さて,蛇腹は後で修復するとして,まず気になるシャッターを分解してみた。写真4をご覧いただきたい。古いカメラだからか,内部は意外にあっさりしている。左下の空白部分は低速(10分の1秒未満)のための機構を収める部分だろうか?価格を下げる(あるいは抑える)ために省いたのであろうか?
写真4.シャッターを分解
シャッターはベンジンで洗浄したうえ,少量の油を注油すると快調に動き出した。
この作業でレンズを外したので,ついでにレンズも汚れを取り除いた。透明度が向上し,透かして見るとすっきりとして気持ちがいい。
一方,シャッターレリーズボタンの復帰不良については,機構部分の汚れを落とし,少量注油することで改善された。
以上で問題の(2)と(3)が解決した。
さて,いよいよ蛇腹を自作しよう。
蛇腹の展開図を描くために計算表を使って各寸法を計算した。計算表は第11回で提示したものである。その結果を表1に示す。各記号の説明は省略する。
表1.蛇腹計算表
まず,「平面」と「側面」をそれぞれ「長辺」と「短辺」に改めた。さきの記事では平面と側面ということばを使ったのであるが,曖昧であり混乱を生じてしまった。長辺と短辺ということばではカメラの向きにかかわらず一意に決まる。
今一つは番号6(および7)の式である。この式の中のB0とA0は他の辺のデータを使うのである。つまり,長辺の欄のtanθを求めるときはB0 とA0は短辺の欄のデータ,すなわち28.00と44.00を使う。このことを先の記事では明確にしていなかった。
Baby Suzuka では長辺(平面)は山折りから,短辺(側面)は谷折りから出発した。それに対して,今回は長辺は谷折りから,短辺は山折りからとした。その理由の一つは,こうしてもうまく設計できるということを確かめたかったということ。今一つは,言葉では説明しにくいが,蛇腹収納部にあるばねの干渉を避けたいがためである。
図1.蛇腹の展開図
計算結果で描いた展開図を図1に示す。また,紙に描いて切り取り,蛇腹の形に整形したところを写真5に示す。今回も素材は紙で,商品名はカラーラシャである。写真5では灰色に見えるが,実物は真っ黒である。
写真5.自作した蛇腹
それをカメラに取り付けたところが写真6である。黒のスプレーゴムを塗布したので一見本物のように見えるであろう。これで問題(1)が解決したことになる。
写真6.自作蛇腹を鏡胴の取り付け
正直に告白すると,ここに至るまで蛇腹を3つ作った。いずれも普通の洋白紙に作図して作ったもので寸法に間違いがないか確認したかったのである。3つめは最終形と同じであるから,結局2度失敗したわけである。しかし,いずれも入力ミスであり,計算表そのものに問題はなかった。
一言注意。Baby Suzuka に続いて今回もスプレーゴムを塗布したが,こうするとどうしても粘着が残る。そのため,蛇腹を折りたたむと相互に軽い融着を起こしてボタンを押しても自力で蛇腹が開かない。粘着のないゴムを探さなければならないが,見つかるまでスプレーゴムは使わない方がよかろう。
写真7は蛇腹を折りたたんだ状態をフィルム室側から見たものである。ややいびつなところもあるが,実用上は問題なかろう。
写真7.蛇腹を収納した状態
問題(4)と(5)については,すでにご覧のとおり解決している。写真6ではちょっと認めにくいが,貼り革の代わりに黒のエナメルを塗ってごまかした。内部のごみはひたすら取り除いたという次第。
では,カメラは本当に再生したのであろうか?
さっそく感度100のカラーフィルムを装填して住宅地を写してみた。
写真8は距離を無限遠に設定して住宅地を撮ったものである。手に入れたときのボロボロからは想像もできないほどよく撮れているではないか?
写真8.住宅地遠景
ただし,左辺に光量不足が,また右上には歪が認められる。
写真9は近距離から撮ったものである。今度は右上にも光量不足が認められる。しかし,まあまあの出来ではなかろうか?
写真9.住宅地近景
今度は至近距離から撮ってみた。写真10である。このカメラの最短撮影距離は5フィートであるから,自転車から5フィート離れた場所に立ってシャッターを切った。
今度は光量不足は感じられないが,代わりに左上に白けが,左下に何やら虹のような色が浮き出てしまった。
写真10.懐かしい自転車
実は,ここに示していない写真の中に白けのもっとひどいのが数枚あった。そこで,蛇腹を子細に調べたがピンホールなどはなさそうである。位置からするとどうも裏蓋の赤窓付近がくさいのであるが,赤窓にも破れや隙間は認められない。
最後になって歯切れの悪いことになってしまったが,ボロボロカメラの再生は「一応」終えたとしておこう。
■2012年7月14日 木下亀吉
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