わたしのカメラ三昧 第2回「RICOH 35 De Luxe」 ~シャッター羽根の怪~
RICOH 35 De Luxe
1,2ヶ月に1度ほど訪れるリサイクルショップでリコーのレンジファインダーカメラが目にとまった。フィルムの巻上げレバーがカメラの底にある(トリガーレバーと呼ぶ),例の特徴あるカメラである。ずっしり重い。
手にとってまず調べるのは「フィルムの巻き上げとシャッターが切れるか?」どうかである。さっそく試してみた。フィルムは巻けた。正確に言うと,トリガーレバーが回った。レンズを正面から見ながらシャッターボタンを押すと,カチッと音がしてシャッター羽根が一瞬開いた(ように見えた)。<しめた,このカメラは生きている!>
社長に
「このカメラ,千円でどうですか?」
と尋ねた。すると,社長はそのカメラを手にとって私と同じ動作を繰り返した。やはり,シャッターが切れるかどうかを確認しているのだ。
「これはシャッターが切れませんね。バラして遊ぶしかありませんよ。」
という返事であった。<おかしい。さっきはたしかにシャッターが切れたはずだ。>
「そうですか?」
と覗き込むと,
「ほら,駄目でしょう。このカメラはもう駄目ですよ。それに古いし,使い物にはなりませんよ。」
といったような返事であった。
「では,安くしていただけますか?」
と訊くと,
写真1.正面から見る
「五百円でいいでしょう。」
という。何だか複雑な気持ちだが,わたしが提示した価格より安いのだから文句はない。また,シャッターが不調なら修理する楽しみがある。仮に修理できなくても500円なら楽しみ代と考えて問題ない。
500円払って連れて帰った。
さっそく家で調べたところ,シャッターは切れたり切れなかったりした。つまり不安定なのである。
このカメラはレンズシャッター式レンジファインダーカメラである。レンズシャッターとは,レンズの収まっている鏡胴にシャッター機構があるのである。それは数枚の花弁のようなシャッター羽根が閉じたり開いたりする仕組みになっている。正確に言うと,数枚の羽根は通常閉じていて,シャッターボタンを押したら設定時間だけ開いて直ちに元どおりに閉じるのである。「数枚」と言っているのは,シャッターの種類によってその数が異なる(と思っている)からである。5枚が多いようである。
何をどういじったか記録がないが,いろいろ調べているうちにとうとうシャッター羽根がばらばらになってしまった。こうなったらもうわたしの手に負えない。スクラップ覚悟で鏡胴部分をはずし,シャッターを取り出した。それをさらに分解してついにシャッター羽根に到達した。ばらばらになった羽根を元どおり(かどうかわからないが,元はこうだっただろうというふう)に嵌めなおして組み戻した。ところが,羽根が1枚余ったのである。このカメラのシャッター羽根は(外見上=写真2参照)5枚構成である。それなのに羽根が6枚あったのである。
写真2.レンズ正面から見る
シャッターにはシャッター羽根を連結するための突起が5組ある。それに対応して羽根にもそれぞれ穴があいている。だから,一巡するには5枚でいい。もう1枚はどのように装着したらいいのだろうか?いろいろ調べたが,外見上5枚のものは羽根も5枚のようである。1枚残したままにした。
シャッター羽根は正常に動くようになった。しかし,バルブ動作ができない。つまりシャッター羽根を開けたままにできないのである。いろいろ調整したが,回復できない。(この間筆舌に尽くしがたい努力があった。)レンズの汚れを見たり,拭ったりするためにはシャッター羽根を開けたままの状態が必要なのだ。しかし,それ以外では夜空の星を撮るのでもなければバルブを使うことはない。このままでよしとした。
偶然発見したのだが,インターネットに載っていたこのカメラと同型機の修理記事によると,やはりバルブが効かないそうである。このカメラの基本的な弱点だろうか?
このカメラの仕様はつぎのとおりである。発売元のリコーから公開されているのでほぼそのまま引用する。(亀吉の書き方に合わせるため,一部表現を変更した。)
(1)型式:距離計連動レンズシャッターカメラ
(2)適合フィルム:135
(3)画面サイズ:24×36 mm
(4)レンズ:リコマット 45mm F2.8 3群5枚構成(富岡光学製)
(5)絞り:2.8~16(手動)
(6)焦点調節:二重像合致式距離計連動,直進ヘリコイド(手動)
(7)シャッター:セイコーシャMX B,1~1/500秒
(8)フィルム送り:トリガーレバー巻上げ,クランク巻き戻し
(9)大きさ:幅140,高さ83,奥行き67〔mm〕
(10)質量:650 g
(11)発売年月:1956年3月
(12)価格:17,500円(ケースつき)
このカメラの特徴は何と言ってもトリガーレバーだと思う。もっとも,トリガーレバーはリコーだけのものではない。写真4をご覧いただきたい。左手の指でフィルムを巻上げ,右手の指でシャッターボタンを押すやいなや左手の指でフィルムを巻き上げ・・・といった具合に迅速な連続撮影を可能にするのである。現在の(と言ってもすでに過去のことになってしまったが,)電動巻上げ機構からすると滑稽な感じもするが,完全メカ時代としては技術者の真剣なアイデアであった。
ところで,このカメラの修理と試写を通じて不便を感じたことが一つだけある。
写真5をご覧いただきたい。このカメラでは,フィルムを装填する場合は裏蓋をはずさなければならないが,トリガーレバーも一緒にはずれてしまうのである。したがって,修理や調整のときのシャッターチャージ,フィルムを装填するときのフィルム送りに際して非常にやりづらい。一般の利用者はフィルムの装填で苦労するであろう。失敗も多かったであろうと思う。
写真5.裏蓋をはずしたところ
さて,このカメラの写りはどうか?
ASA100,24枚撮りのフィルムを装填して小倉の町を試写してみた。昼休みを利用した撮影なので場所(被写体)と時間が限られたものとなったのは致し方ない。
写真6は紫川の下流域で,小倉の繁華街のある地域である。紫川は亀吉が学生のころはそれこそドブ川であり,死の川であった。透明度は10 cmもあっただろうか?それが今ではご覧のとおり綺麗な川になっている。橋の上から川を覗き込むと,ボラか何かの魚が泳いでいるのが見える。まさに生まれ変わったといっても過言ではあるまい。
話を元に戻そう。画面が小さくてわかりづらいかもしれないが,そこそこに写っていると思う。特に狙ったわけではないが,カモメが飛んでいる姿もなかなかいい。カモメ(鴎)といえば,写真の左側に写っている橋のさらに向こうに橋があって,その名を鴎外橋という。文豪森鴎外にちなんでの命名である。
写真6.紫川
つぎの写真は紫川の支流の神嶽川である。小倉の旦過市場と呼ばれる市場通りの裏の川である。写真7をご覧いただきたい。この川もかつてはドブ川で,その汚れは紫川よりひどかった。側を通ると悪臭が鼻をついた。それが今ではかなり綺麗になり,大きな水鳥も泳いでいるではないか。もちろん悪臭はしない。
写真7.旦過市場裏の神嶽川
遠景が何となく白けた感じがする。これはフィルムをスキャナでデジタル化したためであろう。面白くないが,その便宜を考えると致し方ないと言うしかない。
近景を撮ってみた。写真8をご覧いただきたい。勝山公園の花壇に植えられていた花カンランとスミレだろうか?花カンランの左から2番目にピントを合わせ,被写界深度を最大限浅くした。これも写真が小さくてわかりづらいだろうが,ピントは確かに2番目の花カンランに合っている。これはつまり,レンジファインダーの機構が正しく機能していることを証明している。また前後のボケも出ていて深度は狙ったとおりになっている。
写真8.勝山公園の花壇
シャッター羽根が1枚残ったままであるが,修理は完成したと考えていいだろう。
作:木下亀吉
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