わたしのカメラ三昧 第1回「No.1 Pocket Kodak Junior」

No.1 Pocket Kodak Jr.

  インターネットで古本を探したところ,近くの町に店舗を構える古本屋に在庫のあることがわかった。手にとって状態を確認した上で決めたいと申し出たところ,難なく了承された。おまけに1 週間その商品を確保していただけるということであった。その週の土曜日に訪問した。行ってみて驚いた。その店では書籍以外にたくさんのガラクタを取り扱っていた。入り口にコダックの蛇腹カメラが放置されたように置かれていた。さらに骨董品半額セールという。古本のことは早々に片付け,さっそくカメラの物色を始めた。


写真1.カメラの正面

KODAK の表示の左側にある突起を押すとレンズ(蛇腹)が出てくる。この店は整理整頓が悪く,あらゆるものが雑然と置かれていた。もっとも,書籍だけは大部分が棚に置かれ,そこそこに整頓されていた。(整理はされていないようだ。)岩波の漱石全集などは屋外に野積み状態になっていた。カメラは方々に散在していた。探すのが大変だが,楽しみもあるという訳である。いろいろ物色した後,1 台の蛇腹カメラに着目した。値札がついていないので店員に聞いた。蛇腹には穴があいていたので安くするように促した。しばらくして4,000 円だという回答を得た。わたしは「高い」と思い,いい加減な返事をしてその店を出た。しかし,しばらくして,もし4,000 円が定価なら売値は半額の2,000 円になるのではないかと気づいた。2,000 円ならそれほど高くはない。翌日再訪してその旨店長に言うと,「ええ?4,000 円と言いましたかね?覚えていない。だとしたら売値4,000 円ですよ。」との返事。大体においてこの店のカメラは値段が高い。どんなボロで1,000 円。ちょっとした骨董品になれば8,000 円とか1 万円以上の値札が貼られている。いろいろ雑談しているうちに,店長とわたしとで根本的な考えの違いのあることが分かった。店長は骨董カメラを置物,すなわち飾りとしてしか捉えていない。だから,蛇腹に穴があいていても,見苦しいほどでなければ問題ないのである。一方,わたしは実際にフィルムを入れて撮りたいのである。だから蛇腹に穴があいていたら価値半減である。


写真2.カメラの背面

赤い丸窓はフィルムコマ数の確認用。右上キーはフィルム巻き上げ用。店長はカメラに詳しいわけではないが,好きなようである。方々からカメラや光学器械を仕入れているらしい。わたしがカメラ好きだとわかると,奥のほうにとっておきのカメラがあると言って案内してくれた。それは昔の写真屋が使うような大掛かりなものであった。興味はあるが,とてもわたしの手に負えるものではない。そうこうしているうちに,「では3,000 円いただきましょう」という。それでもわたしは取り合わなかった。


写真3.カメラのレンズを引き出したところ

さらにカメラ談義が進み,最後に「では2,500 円ください」となった。もう一歩,2,000 円でどうかと言いたかったのをぐっとこらえ,「では,あそこのダンボールの中にある1,000 円のカメラを半額の500 円でいただくとして,合計3,000 円にしましょう」と言ってしまった。ダンボールの中のカメラとは松下(ナショナル,現パナソニック)さんのラジオ付きカメラC-R1である。わたしはC-R2という機種を持っている。C-R1はその初代の型である。話がわき道に逸れかかった。手に入れたカメラはコダックのNo.1 Pocket Kodak Junior というスプリングカメラで,写真1~写真3に示す外観のものである。このカメラの蛇腹には写真4のように大きな穴が開いている。他に小さな穴がない
か確認したかったのであるが,どうしてもケースが外れなかった。店長は「ひどい場合は返品しても結構です」と言ってくれた。自宅でいじると簡単にケースと蛇腹が分離でき
た。さっそく中から覗くと,あるある,ピンホールだらけであった。これは修理が必要ある。

写真4.蛇腹の破れ

まず,その前にこのカメラの仕様を見ておこう。例によってインターネットを活用したが,このカメラに関する国内の記事はきわめて少ない。多くは米国(英語)の記事であるが,残念ながら仕様に関する記述が殆どない。以下は断片的な記述を基に小生が現物を見て得たところをまとめたものである。間違いのあることはあらかじめご承知おきいただきたい。
(1)名称 No.1 Pocket Kodak Junior(本体番号 36241)
(2)型式 フォールディングカメラ(スプリングカメラ)
(3)適合フィルム 120 判
(4)画面サイズ 60×90 mm
(5)レンズ Kodak Anastigmat,112 mm,F/6.3,3 群(4 枚?)(レンズ番号 13979)
(6)露出調整 完全手動
(7)シャッター Kodak Ball Bearing Shutter: 1/25, 1/50, 1/100 秒およびB, T
(8)絞り f6.3/8/11/16/22/32
(9)距離調節 目測手動設定,最短撮影距離6 ft(≒ 2 m)(実測では約5 ft)
(10)ファインダー 反射式,ウェストレベル
(11)寸法 90H×165W×33D mm(突起物を含まない)
(12)質量 630 g(実測)(フィルムを含まない)
(13)発売/販売年月 1929~1932 年
(14)発売価格 9ドル?

とにかく蛇腹の穴を塞がないと話にならない。少しの穴なら紙などで塞げばよい。しかし,蛇腹の稜線に沿って沢山のピンホールが空いている場合はどうしたらいいだろうか?
インターネットで探していたら,蛇腹を作った人の記事が見つかった。それによると,厚紙で蛇腹の形を整え,防水目的でスプレーゴムを吹き付けて仕上げたということである。
スプレーゴムはわたしのこのカメラの蛇腹の修理にも適用できそうである。そのスプレーゴムはMEDICOM 社製のSuper Rubber Spray ということである。東急ハンズで手に入るということであるが,ここは九州,如何ともしがたい。(博多に行けば支店があるが,運賃の方が高くなる。)そこで,名前のよく似た近在のハンズマンという店に行った。残念ながらSuper Rubber Spray はなかった。よく似た製品に液体ゴムというのがあったのでそれを買って帰った。帰宅してさっそく蛇腹に塗布した。
翌日,ゴムは固まっていたが,表面にねばねばがある。蛇腹を一旦閉じて再び開くとそのねばねばがくっついてまともに開かない。改めて説明書を読むとそのように書いてある。これはしくじった。餅なら片栗粉などにまぶせばよい。では,蛇腹の場合は?考えた末,鉛筆の芯を粉末にして塗布した。ただし,そのままだと取り扱うとき手が汚れたりするので水をしませた筆で表面の余分な粉末を拭い去った。
一応撮影できる状態になったのであるが,よくよく調べると,①シャッター速度が変化しない,②レンズがやや曇っている,の問題が認められた。シャッター速度は仕様のところでも書いているが,25 分の1 秒,50 分の1 秒および100 分の1 秒の3 速である。しかし,見たところどれに設定しても同じ速さのように感じられる。勘ピュータによると50 分の1 秒のようである。しかたがない。このカメラのシャッター速度は50 分の1 秒固定と考えよう。レンズは簡単にはずれた。そこでレンズの汚れを拭い去ると実用上問題ないと思えるほど綺麗になった。

さっそく,試写してみた。一昨年買った120 フィルムが未使用のまま残されていたのでそれを装填した。

写真5.亀吉宅の門柱

まず撮ったのは亀吉宅の門柱である。しかし,写真5 をご覧のとおり,何とも知れない空間が写っているではないか?この記事には載せていないが,8 枚中6 枚が横長撮りでそのうちの4枚が写真5 のように構図がずれていた。その原因はファインダーにあると考えられる。

写真6 と7 をご覧いただきたい。写真6はファインダーが通常の位置(角度)にある状態である。これらの写真でもおわかりいただけると思うが,そもそもファインダーとしては非常に使いにくい。前方からの光を45°傾けて置かれた鏡で反射してレンズに導くものである。レンズが非常に小さくて被写体が見づらいうえ,両目では二重に見える。片目で見れば良いようなものだが,こうすると目の位置によって構図が大きく変化する。ファインダーは90°傾けることができ,画面の竪・横に応じて選択できるように考えられている。この点はいいのだが,何しろ使いにくい。


写真6.ファインダー(通常角度)


写真7.ファインダー(横長用に)

構図はとにかく,写真5 によれば近距離の描写はまずまずといったところだろう。
写真8 は香春岳である。左から三ノ岳,二ノ岳,一ノ岳である。主峰一ノ岳は石灰岩の採掘で随分低くなった。もう山というより台地と言ったほうがいいような状態である。かつての炭坑節に歌われた名山も次第に消えつつある。

写真8.香春岳

試写のための被写体としては決していい対象ではないが,写りはまあまあではないか?それにしても青空に飛散しているごみが気になる。フィルムスキャンはラボに頼んだので,この段階でごみが進入したとは考えにくい。だとすると,レンズかフィルムにごみが付着していたのだろう。取扱いには気をつけなければならない。

最後に人物を撮ってみた。写真9 がそれである。晴れた日の朝撮ったのでコントラストが強すぎる写真になってしまった。撮影術はともかくとして,写りそのものは悪くないのではなかろうか?郵便ポスト辺りから遠景はほどよくボケている。

写真9.朝の剪定

何しろ,1930 年頃のカメラである。それでよくこれだけ撮れるものだと感心する。また,穴ポコだらけの蛇腹も何とか修復できるものだ。

作:木下亀吉

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