わたしのカメラ三昧 第35回 「ハーフサイズカメラで一世を風靡した「リコーオートハーフ」」

1.はじめに
 1960年代にハーフサイズカメラが流行したようだ。「ようだ」と言うのは,当時わたしは貧乏学生でカメラとはほとんど縁がなく,当然のことながらカメラの詳しい動向など知る由もなかったからである。それでも,市川染五郎がこのリコーオートハーフの宣伝でテレビに出ていたことを覚えている。わたしと同世代の人なら思い出すことができるであろう。
 ハーフサイズカメラはオリンパスペンとこのリコーオートハーフが有名だったように思う。前者の外観は普通のカメラであるが,後者は直方体の独特な姿をしている。外観だけでなく,ぜんまいを使ったフィルムの自動巻き上げという独特な方式を採用した。電動式が当たり前の現在の若者には想像もできないであろう。

写真1.リコーオートハーフの外観

今回紹介するリコーオートハーフはその最初期型である。写真1をご覧いただきたい。知人から修理を依頼されたのである。木端微塵になる可能性もあることを条件に引き受けた。

 

2.仕様と特徴
 まず,このカメラの仕様を確認しておこう。リコーからインターネットで簡単な仕様が公開されているのでそれを参考にするが,公開されていない項目に関しては間違っているかもしれないことをあらかじめお断りしておく。

(1)名称 : Ricoh Auto Half
(2)型式 : レンズシャッター式ハーフサイズカメラ
(3)感光材料 : 135判フィルム
(4)フィルム送り : スプリングモータによる自動巻き上げ,クランク巻き戻し
(5)フィルム計数 : 自動リセット順算式
(6)画面寸法 : 24×17 mm
(7)レンズ : 25 mm,f2.8,3群4枚
(8)ファインダー : 逆ガリレイ?
(9)距離調節 : 不要(距離固定: 2.5 m)
(10)露出調節 : セレン光電池による自動絞り(シャッター速度は1/125秒固定)
        および手動(f2.8~f22,シャッター速度1/30秒)
(11)シャッター : セイコーシャBS11,1/125秒(AE時),1/30秒(フラッシュ時)
(12)シンクロ接点 : あり
(13)電池 : 不要
(14)質量 : 270 g(実測)
(15)概略寸法 : 90 W×72 H×31 D〔mm〕(実測)
(16)発売(製造)年 : 1962(昭和37)年
(17)発売価格 : 12,000円(ケース付)
(18)製造・販売元 : リコー

 とにかく,このカメラの最大の特徴はスプリングモータと呼ばれるぜんまい仕掛けによるフィルムの自動巻き上げであろう。今では滑稽にも思えるアイデアであるが,当時としては画期的であったに違いない。このあたりの事情は設計者による回想録「リコーオートハーフはこうして開発した」に詳しい。インターネットで公開されている。
リコーオートハーフは20年ほどの寿命であったと思われる。下の表にその系譜をまとめてみた。

表1.リコーオートハーフの系譜

発売年月 名 前  特 徴
1962.11 オートハーフ 絞りとシャッターの数字をなくした。スプリングモータによるフィルムの自動巻上げ,セレン光電池によるAEのハーフサイズカメラ。
1963.11 オートハーフゾーンフォーカス

ゾーンフォーカス機能を追加。
ANSCOにOEM供給。

1965. 3 オートハーフS オートハーフの不満解消: 裏蓋式,セルフタイマー。
1966.11 オートハーフE ファッションカメラ化?
1967. 9 オートハーフSE オートハーフSとオートハーフEの融合形?
1970. 4 オートハーフSL オートハーフSL
1970.11 オートハーフSE2/E2 最後のモデル(?)。要望機能を集積。
1978. 3 オートハーフEF フラッシュ付き。
1979.12 オートハーフEF2 フラッシュをポップアップ式に変更。その他細部改良。

最後の2機種が出るまでに8年の空白がある。また,フラッシュが付いたということで,それ以前の型とは大幅に変わったようだ。

3.初期状態の確認と問題点
持ち帰って調べたところ,幸運にもぜんまいは切れていなかった。しかし,
(1)露出機構が働かない,
(2)モルトが劣化している
 という問題が明らかになった。モルトの劣化具合は写真2をご覧いただきたい。このカメラに限らず,リコーはなぜか大量のモルトを使う。基本構造に問題があるのだろう。

写真2.フィルム室と裏蓋(モルトの劣化状況)

 

4.手入れ
 モルトはともかく,露出制御ができなければこのカメラの操作性の価値は半減,いやそれ以下になる。何しろ,フィルムを入れたら基本的に押すだけのカメラである。それができなくなるのである。
 まず,前面カバーをはずした。当初ややこしいだろうと躊躇したのであるが,意外に簡単であった。写真3をご覧いただきたい。狭い空間にびっしり詰まっている。

写真3.カメラの内部

 自動露出機構が働かないのは①セレンの劣化か,②メータの故障であろう。③断線というのもあるかもしれない。
 まず,セレンの起電力を確認した。写真3の右側に写っているカバーの表側にセレンが納められている。
 そこから赤と黒のリードが出ているのがお分かりいただけるであろう。光を当ててセレンの両電極間の電圧を測定したが,まったく出ていなかった。残念だが,セレンは死んでいた。
 では,メータはどうか?
 テスター(回路試験器)を抵抗測定モードにして測定棒をメータの両端子に当てた。しかし,指針は全く振れなかった。つまり,メータも死んでいるということである。
 メータが生きていればセレンを移植するということを考えていたがそれは不可能になった。では,どうするか?
 使うとすれば方法はただ一つ。露出固定あるいはマニュアルのカメラにすることである。
 このカメラの正面に向かって右上にあるダイヤルはオートと絞り(2.8~22)を選択するものである。通常はオートに設定して使うのであるが,フラッシュを使うときは絞りを設定しなければならないようである。ただし,このときシャッター速度は30分の1秒に固定される。(オートのときは125分の1秒である。)このマニュアル絞りを使えばいいのであるが,ここで問題が2つ考えられる。

問題1.30分の1秒だと手振れが心配になる。
問題2.ASA(感度)100を超えるフィルムが使えない。

一般に,三脚などを使わず手で構えて撮影する場合,最低のシャッター速度はそのカメラのレンズのmmを単位として表した焦点距離分の1秒だと言われている。それより長くなると手振れを起こしやすくなるのである。このカメラのレンズは25 mmであるから,25分の1秒までは大丈夫である。だからマニュアル時の30分の1秒は問題ない速度と言える。しかし,やはり気になるのである。
また,30分の1秒だと,晴れた日の屋外では感度100のフィルムの場合絞りは最大の22となる。すると,感度200とか400のフィルムが使えない。(いま一番安いフィルムは感度200である!)
件の設定ダイヤルを回しながら内部を観察すると,オートとマニュアルとで内部のレバーが切り替わることがわかった。つまり,マニュアルの位置でもオートの場合と同じにレバーを強制すればいいことになる。そこで,マニュアルの位置でもレバーがオートの位置に留まるよう糸でしばりつけた。写真4をご覧いただきたい。黄色い○で囲んだ部分に糸でくくった状態が認められるであろう。

写真4.シャッター速度を固定化

これにより,シャッター速度は125分の1秒に固定された。つまり,感度100から400にかけて絞りはつぎのように設定すればよい。(感度400まで使える!)
感度 晴天時の絞り 曇天時の絞り
100   11       8
200   16      11
400   22      16

 もっとも,絞りなど面倒だと言う人は常時晴天時の絞りに合わせておいて,天気のいいときに限定して撮影すればよい。
 露出の問題が片付いた。それに比べたらモルトなど屁みたいなもので,習字で使う下敷きを切り貼りして写真5のように対策した。

写真5.モルトの貼り替え

 わたしはモルト(習字で使うフェルト製下敷き)を貼り付けるとき,ほとんどの場合両面テープを使うことにしている。両面テープを使ったことのある人ならわかるであろうが,作業はそれほど容易ではない。貼り付け位置の修正が難しいのである。わたしは事前に無水アルコールを塗布して修正が可能なようにしている。乾燥するまでなら自由に動かすことができる。これはある本に載っていたノウハウであるが,是非ためしていただきたい。
 以上で手入れを終えた。

 

5.使い方
 特に難しいことはないが,スプリングモータに関することだけが一般のカメラとは異なる。
フィルムのパトローネをフィルム室に納め,フィルムを引き出して巻き取り軸の隙間に挟む。つぎにカメラの底にあるぜんまいの軸に連結されたノブをつまんで巻き上げる。これ以上回らなくなるまで巻き上げたら2~3枚空写しをする。
 カメラの軍艦部にあるダイヤルでフィルム感度を設定する。ただし,この記事のカメラでは不要。そのかわり,絞りを設定する。
 後は写すだけである。シャッターボタンを押すと,そのたびにジャーという音とともにフィルムが巻き上げられる。巻き上げる音が弱くなったらぜんまいを巻く。

フィルムを巻き戻すには,ぜんまい巻き上げノブの中央にある突起を押して巻き戻しレバーを回せばよい。

 

6.試写結果
 あいにくの天気だった。朝から曇っており,ときおり小雨がぱらついた。写真撮影には不向きだが,一刻も早く結果を知りたい一心で撮影に踏み切った。
 買いだめしておいた富士フィルムの業務記録用カラーネガ36枚撮りを装填した。ASA感度は100であるからわたしとしては非常に使いやすい。
 まず,至近距離。
至近距離と言っても,このカメラの場合,焦点距離は2.5 mに固定されている。至近距離をどのように考えたらいいのだろうか?理屈から言えば,そのときの撮影条件での被写界深度の手前側の距離を2.5 mから差し引いた距離である。しかし,このカメラにはその表示がない。被写界深度も理屈から言えば計算できるのであるが,撮影しながらいちいち計算するのは現実的ではない。ここではエイヤッと直感的に決めてシャッターを切った。写真6である。まあ,そこそこに写っているではないか?

写真6.至近距離から

 余談であるが,この歩道は昔の線路の跡であったということである。いつか一度その軌跡をたどってみたいと思っている。
 つぎは中距離から。2.5 mほどだったと思う。このカメラの焦点距離である。写真7をご覧いただきたい。ここでも馬とペリカンがそこそこに撮れている。その手前も背景も同様に撮れている。

写真7.中距離から

 最後に遠景を撮りたいのだが,当日は曇り乃至小雨の状態であったから遠景は撮るに値しない。そこで,近景から遠景までを写してみた。写真8をご覧いただきたい。やはり遠景は苦手のようである。

写真8.遠景

以上を総括すると,まずは「意外によく撮れる」ということである。お散歩カメラとして,「押せば写る」という使い方には問題がない。

 
7.おわりに
 シャッターを押し,離すときにジャーと音がする。何となく時間遅れの気がするのであるが,シャッター羽根の開閉のときはほとんど音がしないので,フィルムを巻き上げるときの音だけが印象に残るのである。
 それにしても,意外によく撮れたと思う。ハーフサイズでこれであるから,フルサイズでは推して知るべしである。このカメラの後継機で,かつフルサイズのカメラがいくつか知られている。それらを試してみたくなった。

■2013年12月17日   木下亀吉

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