わたしのカメラ三昧 第20回 「一度見たら忘れられない MERCURY II」

1.はじめに
カメラの外観は機種によっておおよそ決まっている。レンジファインダー機,一眼レフ,二眼レフ,蛇腹などのそれぞれの典型的な外観を想像することができるであろう。しかし,中には独特な外観を呈するカメラがある。
今回ご紹介するカメラも独特な外観をもったカメラである。写真1をご覧いただきたい。一度見たら忘れられない姿だと思うが,どうだろう?

写真1.Mercury IIの外観

 トップカバーから大きくはみ出した厚みのある円盤の一部(以下,便宜上「円弧盤」と呼ぶ。),蟹の目のような2つのノブ。何という特異な姿だろうか。レンズとファインダーだけがカメラであることを証明しているような気がする。
 小生は数年前このカメラの実物を東京の「カメラ博物館」で初めて見た。もちろん,その外観に驚いたが,円弧盤はシャッター機構に関連した装備だと即座に想像できた。まったくの想像であったが,シャッターボタンを押すとスリットのある円盤が回転し,そのスリットがフィルムの前を通過する時間だけ露光されるものと考えたのである。本当は少し違うが,まあ概ね当たっていた。
以来ずっと気になっていたカメラであったが,ついにオークションで手に入れた。

 2.操作方法(機能配置)
 これだけ外観の特異なカメラなら,その機能配置・操作方法が気になろう。そこで,今回はまず操作の側面からこのカメラの構造を見てみよう。
以下,写真1をご覧になりながら読んでいただきたい。
 向かってレンズの左上に飛び出したノブはフィルム巻き上げ用である。フィルムの巻き上げと同時にシャッターがチャージされるいわゆるセルフコッキングである。そのノブにフィルム計数盤が連結されている。手動リセット方式であるから,フィルムを装填したら計数値を1(の一つ手前)にしてやらなければならない。
 向かってレンズの右上に飛び出したノブはシャッター速度設定用である。フィルムを巻き上げた後でこのノブを押しながら回転させて目的の数値に合わせる。シャッターボタンを押したらシャッターの円盤が内部で回転するのと同時にこのノブも回転する。シャッターが切れたかどうか確認できる。
 そのシャッターボタンは向かってトップカバーの左側,フィルム巻き上げノブの左上にある。これは通常のカメラと同じ配置。
 距離と絞りの設定はレンズ鏡胴のリングで行う。これも通常のカメラと同じ。
 向かってレンズの左下に小さな円盤が見えるが,これはフィルム巻き戻しのためのロック解除用である。このノブを時計方向に180度回転させた後,巻き戻しノブを回してフィルムを巻き取る。巻き戻しノブは向かって右端のトップカバーの上に突き出している。
 写真1で,トップカバーの上にアクセサリシューを2つ備えているのがお分かりいただけるだろうか?その中央のものはホットシューとなっている。今一つは単なるアクセサリシューである。中央のシューにはフラッシュを装着し,もう一方のシューにはたとえば距離計とか,異なるレンズを装着したときそれに適合したファインダーとかを装着するように考えられているのであろう。そう,このカメラはレンズを交換できるのである。なお,距離計が円弧盤に干渉することなくこの場所に納まるかどうか知らない。

写真2.背面のようす

 背面は写真2のとおりで,向かって左上のところにファインダーがある。そのほかは裏蓋に円盤状の露出表のようなものが取り付けられており,また円弧盤には焦点深度(Depth of Focus)が貼られている。この焦点深度は写真1のように表側にも貼られている。
 残念ながら露出表のようなものはその使い方がわからなかった。

 3.仕様など
 小生が現物を眺めたところによるとこのカメラの仕様などは以下のとおりである。ただし,現物を眺めただけではわからない諸元については参考文献のお世話になった。間違いがあるかもしれないことをあらかじめお断りしておく。

(1)名称:MERCURY  II
(2)型式:35ミリロータリシャッター式ハーフサイズカメラ
(3)適合フィルム:135判
(4)フィルム送り:巻上げ,ノブ巻き戻し
(5)フィルム計数:順算式,最大65枚まで,手動リセット
(6)画面寸法:24×18 mm
(7)レンズ:UNIVERSAL  f2.7  TRICOR  F=35 mm
(8)ファインダー:逆ガリレオ(?)
(9)距離調節:手動設定,最短撮影距離1’-6’’(約45 cm)
(10)露出調節:手動設定,f2.7-22
(11)シャッター:ロータリ式フォーカルプレン,T,B,1/20~1/1000秒
(12)シンクロ接点:あり,ホットシュー(現在のストロボには適合しない)
(13)電池:不要
(14)質量:約600 g(実測)
(15)寸法:約940 H×142 W×54 D〔mm〕(突起物を除く実測値)
(16)発売(製造)年:1942(昭和17)年頃?1945(昭和20)年?
(17)発売価格:?
(18)製造・販売元:Universal Camera Corp.
(19)特徴・特記事項
  ①ロータリシャッターの円盤収納部がトップカバー上部に突出
    ②アクセサリシューを2つ搭載
     ③円弧盤の両面に焦点深度表を,裏蓋に露出決定用円盤型計算尺(?)を装備
     ④ハーフサイズのカメラとしては大きく重い

 
4.問題点など
(1)表面が全体的に汚れている。
(2)ファインダーレンズの汚れが著しい
(3)シャッター速度に安定感がない,特にTとBが不安定
(4)距離設定リングがやや固い

 

5.手入れ
 まず,全体的に白い粉にまぶされたような汚れがあったのでウェットティッシュで拭った。これは古いカメラを手に入れたとき常に行う儀式のようなもの。白い汚れは完璧には取れなかったが,写真1のようにかなり綺麗になった。取り敢えずこの件はこれまでにしておく。(後で一層きれいにするための努力を払う予定。)
 つぎにファインダーの汚れ。これまでにもファインダーの汚いのはいくつか見てきたが,今回のようなこれほどひどいのはめったにお目にかかれない。とにかく,被写体がよく見えないのである。
 カメラを分解しないとファインダーレンズの内側には手が届かないのかつぶさに調べた。その結果,接眼レンズのカバーを外せば接眼レンズが外れ,そこから対物レンズまで細い棒なら入れることができそうなことが判明した。
 写真3をご覧いただきたい。接眼レンズ側から綿棒を突っ込んで対物レンズの内側の汚れを拭っているところである。

写真3.ファインダーレンズの汚れを取る

 完璧に綺麗な状態とまではいかなかったが,実用上ほぼ問題ないほどの透明感が得られた。やはりファインダーは綺麗でないと気持ちよく写真を撮る気がしない。問題(2)が解決した。
 いよいよ難題のシャッター。フィルムを巻き上げ,シャッターボタンを押すと「カシャン」といった音がしてシャッターの切れるのが確認できる。しかし,その音が一定しないのである。いかにもシャッターが一瞬開いた後直ちに閉じるような音感と,単に円盤が回転しただけのような音感とがあるのである。ただし,裏蓋を開けてレンズの裏から覗いていると,いずれの場合もシャッターが一瞬開いているのがわかる。
 決定的なのはBとTである。B(バルブ)設定ではシャッターボタンを押している間シャッターが開かなければならない。しかし,多くの場合すぐ閉じてしまうのである。また,T(タイム)設定ではシャッターボタンを押すとシャッターが開いたままになり,もう一度押すと閉じなければならない。しかし,これも多くの場合すぐ閉じてしまうのである。
 現実的なことを言えば,BとTの動作はどうでもいいのである。実際保守点検時以外ではまず使うことがない。ただ,これらの動作が不安定ということはシャッター速度を1/20秒から1/1000秒にしたときも不安定なのではなかろうかと心配なのである。
 分解してシャッターの手入れをしようかと随分悩んだが,一応動いていることだし,設定時間を変えたら動きも変わっているようなのでやめた。正直自信がないのである。その代わり,分解せずに届く範囲を清掃・注油した。それでもBとTの動作は改善されなかった。これで問題(3)は一応棚上げとした。

最後に問題(4)の距離設定リングの固さの件。
 レンズを外し,その下の距離設定用環状円盤を外してみたが,改善する糸口は得られなかった。ただ,若干汚れを取り除き,注油した程度である。
 それよりも,このとき大変な失敗をやらかした。上記環状円盤を外した後その下の台座を手で回したのであるが,どれほど(角度)回したかわからなくなったのである。つまり,もとの状態に戻せなくなったということで,いい加減に環状円盤を取り付けたら距離表示と実際にピントの合っている距離とが一致しなくなる虞がある。仕方がないので,一応それらしく元の状態に戻し,距離の校正を行った。歳のせいか,小生はこれが苦手なのである。(乱視+老眼。)
 距離設定リングはまあ我慢できる程度の固さになった。問題(4)はこれでよしとしよう。

 

6.試写結果
 さて,大したことはしなかったが,一応手入れが終わったので試写するとしよう。いつものようにASA100の24枚撮りカラーネガフィルムを装填した。

写真4.遠景

 最初は遠距離での撮影である。写真4をご覧いただきたい。稲刈りが済んだ田んぼに鳩か何かの鳥がせっせと餌をついばんでいた。秋の田園風景。ハーフサイズはこんなものだろうか?記録はないが,シャッター速度1/100秒,絞り11,距離∞であったと思う。当日露出計を携行しなかったため露出条件はすべて小生の貧弱な勘ピュータに頼らざるを得なかった。

写真5.中距離の撮影

 つぎは比較的近い距離の被写体を撮ってみた。写真5である。距離は15フィート乃至20フィートほどに設定したと思う。つまり,最前列のオートバイに合わせた訳である。休日を利用してたくさんのライダーが集合していた。ほとんどが大型二輪で,およそ100台も集結していただろうか?それが,しばらくすると一斉に動き出し,騒音が静まるとオートバイは1台も残っていなかった。

写真6.近景

 今度は近景を撮ってみた。距離にして10フィートほどだったろうか?写真6をご覧いただきたい。構図がやや左寄りになっている。パララックスが現れ始めたのであろう。撮影レンズの左側にファインダーが位置しているので,ファインダーで狙った被写体は画面の左に偏っているのである。
 それはともかく,写りとしてはまあまあではなかろうか?人工物であるから白黒はっきりしていてわかりやすい。
 つぎにいっそう接近して撮ってみた。写真7をご覧いただきたい。距離凡そ3フィートだったと思う。今度も人工物であるから評価ははっきりしている。背景も適度にボケている。
 この写真もパララックスの影響が認められる。横長の写真であるから,カメラを竪に構えて撮ったものである。竪に構えるには2とおりの場合が考えられるが,小生は時計方向に90度傾けた。したがって,ファンダーは撮影レンズの上に位置することになり,狙った被写体の中心が上にずれるのである。もっとも,出来上がったこの構図でも特別悪いとは言えまい。
 パララックスについては,これを軽減するためと思われる工夫がファインダーに施されている。写真1でファインダー部分をご覧いただきたい。長方形の窓の左下の縦横2か所に小さな突起が認められるだろうか?近距離撮影ではこの突起を目安に構図を決めるように案内されているようなのだが,実際ファインダーに目を当てると突起が霞んでほとんど見えない。また,この突起の位置の妥当性が理解できないのである。どのように活用するのだろうか?もしかしたら突起のついた金属枠が外れ,それを元に戻すとき180度間違ったのではないかと疑いたくなる。

写真7.最近景

 7.終わりに
 正確な発売年はわからなかったが,戦中から終戦にかけての間であることは間違いないようだ。それでも現在でも普通に使えるカメラであった。
 ところで,本文では触れなかったが,このカメラ(II型)の先行機種としてI型があった。それは専用フィルムを使うものであって,それが災いして生産を続けられなくなったということである。そのため,後継機としてのII型は一般の35ミリフィルムを使うようにしたのである。
 なお,普通ハーフサイズといえばフルサイズの2倍の数の写真が撮れるという触れ込みになっている。つまり,36枚撮りで倍の72枚撮れるわけである。しかし,このカメラのフィルム計数は65までしか目盛られていない。
 一般にハーフサイズの画面寸法は24×18 mmと言われている。このカメラの画面寸法も実測24×18 mmである。しかし,国産の他のハーフサイズカメラの画面寸法を実測すると24×17 mmのようである。
 どうもこのあたりに65枚と72枚の違いの理由がありそうである。この件については後日明らかにしたいと思っている。

 

参考文献
(1)全日本写真連盟(編):「カメラのあゆみ」,朝日新聞社,1976
(2)白松 正:「カメラの歴史散歩道」,朝日ソノラマ,2004

 

■2012年12月3日   木下亀吉

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