わたしのカメラ三昧 第17回 百年前に誕生したVest Pocket Kodak


1.はじめに
往年の(外国の)カメラといえば,やはりライカとコダックが二大双璧であろうか?そのコダックのカメラで特筆すべきはVest Pocket Kodakであろう。VPKと略される。わが国ではベス単という愛称もある。ベス単とは単玉レンズ付きのVest Pocket Kodakということであろう。今回ご紹介するカメラは複玉である。写真1にその外観を示す。蛇腹を伸長させた姿である。

写真1.カメラの外観

この蛇腹を折り畳むと写真2のように非常にコンパクトになる。ベストのポケットに入るほど小さい(薄い=幅約25 mm)というのがこのカメラの名前の由来らしい。

写真2.レンズを収納したところ(背面から)

VPKは127判(あるいはA-127判)フィルムを使うが,正しく言えば逆である。VPKのために127判という規格を作ったということである。127判のことをベスト判とも言う。
写真3はケースである。さすがに100年近く経つとボロボロである。しかし,厚手の革製であり,何とか実用に復帰させたいものだと思った。
写真3を再度ご覧いただきたい。切れた吊り紐の鳩目の止め方が変だとは思わないだろうか?ぎざぎざが表に出ている。逆ではないか?作りが雑と言おうか,大らかだと言おうか?とにかく細やかな作りではない。それとも,ケース本体に傷がつかないようにするための配慮とでも言うのだろうか?

写真3.速写ケース

2.仕様
このカメラの名称をVest Pocket Kodakだと表現してきたが,実はカメラ本体にもケースにもその表示がない。Autographic機能がついているのでVest Pocket Autographic Kodakであるかも知れない。
ともあれ,このカメラの仕様のようなものをまとめてみた。例によって間違いがあるかもしれないことをご承知おき願いたい。
(1)名称 : Vest Pocket (Autographic) Kodak
(2)型式 : ベスト判レンズシャッターカメラ
(3)適合フィルム : A-127判(127判も可)
(4)フィルム送り : ?巻上げ(巻き戻し不要)
(5)フィルム計数 : 赤窓式
(6)画面寸法 : 4×6.5 cm
(7)レンズ : Kodak Anastigmat, f-7.7 84 mm
(8)ファインダー : 射式
(9)距離調節 : 不要(不可),距離固定(約5 m?)
(10)露出調節 : 手動: f7.7, 11, 16, 22, 32
(11)シャッター : Kodak Ball Bearing Shutter, B,T,25,50
(12)シンクロ接点 : なし
(13)電池 : 不要
(14)質量 : 約315 g(実測)
(15)寸法 : 約52 H×120 W×25 D mm(折り畳んだ状態での突起物を除く実測値)
(16)発売(製造)年 : 1915年製造?
(17)発売価格 : 10ドル程度?
(18)製造・販売元 : Eastman-Kodak,USA

このカメラの製造・販売された年を調べていくうちに面白いことがわかった。それは,VPKは1912年から1926年までの足かけ15年製造されたということである。これだけでは面白くも何ともないのであるが,日本の元号で表すと大正元年から15年ということになる。つまり,VPKはちょうど大正年間に作られたということである。(大正15年=昭和元年。)さらに,今年(2012年)はVPKが誕生して丁度100年になるのである!
このカメラの製造年を推定する根拠となったのは①Autographic機能付き,②レンズがKodak Anastigmat F-7.7ということである。この2点を鍵に小生の蔵書(参考文献1)の記事に照らし合わせると,1915年型に限定されるようである。
なお,蛇足ながらAutographicとは「手書きの」とか「自筆の」とか「肉筆の」とかいう意味である。

3.問題点
このカメラの問題点を下に掲げる。
(1)前板のねじ1本欠損
(2)ファインダーに汚れあり
(3)撮影レンズに黴あり
(4)蛇腹に1か所穴あり
(5)革ケースの損傷著し

写真4.赤窓を外す

前板と矢来たすきとを結合するねじが1本欠損していることは承知で購入したものである。ファインダーの汚れとレンズの黴も通常予想される範囲内である。革ケースがボロボロなのも最初から分かっていた。
 問題は(4)である。「蛇腹に穴はない」ということであったが,どうも気になって仕方がない。しかし,このカメラは裏蓋開閉方式ではないので蛇腹の穴を確認する方法がない。どうしたものかと悩みながら子細に観察すると,赤窓の周囲が円盤状になっておりその周辺にギザギザがある。ということは回転させたら外せるのではないか?
 結果は写真4のとおり。左に約45度ひねったら赤窓の円盤が外れた。しかし,この作業は簡単ではなかった。とにかく,背面から内部を覗くことができるようになったので蛇腹の穴とレンズの黴が発見できたのである。

4.対策(修理・手入れ)
 まず前板のねじであるが,先日Vanity Kodakを修理したときに買って余ったM1.7のねじを使用した。矢来たすきにねじが切られているがどうも径とピッチが違うようである。100年も前の加工であるし,インチ系だろうから仕方がない。ナットで調節してピッチの違うねじが噛みこむような位置で固定した。ナットがけにする方法もあるが,今回は取り敢えずこれにした。(後日適合するねじが手に入るかもしれない。)問題(1)解決。
 問題(2)はこれまで何度も処置してきたのでどうということはなかった。ばらして無水アルコールできれいに拭ってやった。その結果,ファインダーは見違えるほど綺麗になった。ファインダーはやはり何と言っても透明感が大切だ。問題(2)も解決した。
 撮影レンズの黴も同様に無水アルコールで拭った。(もしかしたらハンドソープを使用したかも知れないが,記録が残っていない。)黴(の痕跡)は完全には取れなかったが,実用上問題ない程綺麗になった。これで問題(3)解決。

写真5.蛇腹の穴を塞いだ

さて,難題の蛇腹の修理。今回は小さな穴1か所なので繊維でふさぐことにした。習字で使うフェルト製の下敷きの表面をピンセットでほぐして繊維を取り出す。これがある程度集まったら糊にまぶして蛇腹の穴の開いているところに貼り付けた。写真5をご覧いただきたい。繊維が貼り付けられているのがお分かりいただけるであろう。
後で思ったのだが,繊維は蛇腹の内側に貼ればよかった。(カメラは美しくなければならない。)とにかくこれで問題(4)が解決し,カメラ本体の修理・手入れは終了した。
最後にケースの手入れであるが,これには2つの課題がある。一つは吊り紐を修復すること,いま一つは革の表面の手入れである。前者は単に取り付ければいいだけだからほとんど問題外。これに対して後者は革が経年劣化しているのでどうしたものか?表面が毛羽立って,あたかもバックスキンのようになっている。
いろいろ考えた末,靴墨を塗ってみた。靴墨を塗布してブラシで擦っていると何やら粉末が宙に舞いだした。革の表面がちぎれて粉々になって宙を舞っているのである。この方法は駄目。しかも,べたべたとした感触が拭えない。(教訓: カメラの革ケースに靴墨は禁物!)
ということで,エナメルを塗って表面を固めた。靴墨を塗布した上に塗ったためか表面がまだら模様になってしまった。しかし,これで何とかケースとして使えそうである。

5.取扱い方法
修理・手入れが一とおり終わったので確認のために試写しなければならないが,その前にこのカメラの取扱い方法を見ておこう。
まず,フィルムの装填。写真6をご覧いただきたい。カメラのトップカバーを外すと,本体の両側にスプールを挿入する空間がある。フィルムを少しほどき,空のスプールに巻きつけた状態でカメラ本体に挿入するのである。慣れないとちょっと難しい。

写真6.軍艦部を外す

このカメラはピント調節が不要である。と言うか,調節できないのである。ただし,現在のようなオートフォーカスではない。
シャッターはチャージ不要である。シャッターレリーズ金具を押すだけ。フィルムを巻き上げずにシャッターレリーズ金具を押すと多重露光になるので要注意。
カメラの前板のレンズの上部にシャッター速度設定レバーが,下部に絞り(F値)設定レバーがあり,それぞれ設定の指針が表示されている。それを表1と表2に示す。
表1の1/25秒と1/50秒に対する説明は一応理解できる。しかし,表2の説明がどうしても理解できない。

表1.シャッター速度の選択指針

小生の英語の知識が貧弱なためだろうが,絞り値に対応した説明が明るさではなく,被写体の状態であることに違和感を感ずる。絞り11と16の説明はまだいいが,7.7と22の説明が理解できない。参考文献によると,明るさと被写界深度の目安を基準に設定しているらしい。

表2.絞りの選択指針(ピントの合う範囲は小生が追記した)

では,被写界深度について考えてみよう。いま,各記号をつぎのとおり定める。

ここで, は許容ぼけであり,Fは絞り値である。

この許容ぼけはライカ判(24×36 mm)だと0.03 mm程度,セミ判(6×4.5 cm)だと0.043 mmということである。
このカメラに関してD=5〔m〕固定と仮定し,許容ボケはセミ版のもので代用して =0.043とする。絞り(F値)と被写界深度との関係を計算すると表2の右の欄のようになる。
しかし,残念ながらこの表を眺めても釈然としない。たとえば,MOVING OBJECTSを撮ることと,被写界深度を浅くするということにどんな関係があるのだろうか?それより露出過多にならないのか心配だ。絞りを32にすれば無限遠までOKであることはわかる。
 このカメラのファインダーは小さく非常に見づらい。しかも左右反対に見えるので構図決めのとき戸惑うことが多い。基本は縦長画面だが,横長に撮るときはファインダーを90度回転させる。

6.試写結果
120フィルムを127フィルムの幅に裁断して127フィルム用スプールに巻き取り,これを装填した。
写真7をご覧いただきたい。魚までの距離は5mほど。なかなかいい写りではないか?何と言っても発色がいい。100年ほど前のカメラとは思えない。(フィルムがいいのだ!)
しかし,よく見ると右側の建物が傾いているし,画面の右下に噴水のような白いモヤが見える。
写真7.魚のオブジェ

モヤはこの写真のみの問題かと思っていたら,つぎの写真にも現れており,しかも非常に鮮明である。写真8をご覧いただきたい。動きの激しい被写体なので人物がボケているのはやむを得ない。しかし,画面右下にはやはり白いモヤが認められるではないか?
さっそくカメラの蛇腹を再検分したが,モヤの原因はわからなかった。


写真8.イベント会場で

以上2枚の写真は中距離の被写体を狙ったものであるが,遠距離はどうだろう?写真9は遠景を写したものである。まあまあの写りではないか?もちろん,この写真にも右下にモヤがある。
ところで,この写真の中央に写っている3つこぶの山の正体がわかるだろうか?実はボタ山の落ちぶれた(?)姿である。ボタ山という言葉がわかる人も今では少ないであろう。炭鉱が盛んだった頃,地下から掘り上げた石炭(を含む岩石)から石炭ではない岩石あるいは質の悪い石炭を取り除いて捨てたものが山と積まれたものである。最盛期には自然発火して煙が上がっていたが,炭鉱の閉山とともに煙も消え,草が生え,ついには雑木に覆われてしまって普通の小山と区別がつかなくなってしまった。しかし,小生などは子供のときからこの目でボタ山を見てきたので,一目見ただけでかつてボタ山であったことがわかるのである。


写真9.遠景

今度は秋の農村を撮ってみた。
稲の刈り取りが行われていた。写真10である。日光が強く当たっているときに撮ろうとして,絞りを16に合わせたが,構図やタイミングを見計らっていたときには太陽が雲に隠れ,シャッターを押したときは絞り11にすべき状態であった。まあ,若干暗めではあるが,きちんと写っているではないか?

写真10.収穫の秋

彼岸花は律儀に毎年秋分の日直前に開花する。付近のところどころに彼岸花の群生が見られた。写真11はその様子である。手前と遠くの花はボケている。白っぽい電柱あたりにピントが合っていると思われる。距離は5メートルほどであったろうか?
写真10と11には例のモヤがない。


写真11.律儀な彼岸花

歪はあるものの,全体としてはよく撮れていると思う。周辺の光量不足はほとんど気にならない。ただし,これは絞りを絞っていたためかもしれない。
なお,シャッター速度はすべて1/50秒とした。(1/25秒では手振れが心配。)また,いずれの写真もトリミングなどの加工は一切していない。

7.終わりに
表1に「以前は説明があったが, PATENT記載のためなくなったらしい」と書いたが,このカメラには特許関係の文字が多く彫り込まれている。写真2ではちょっと認めづらいが,赤窓の円盤には米国,英国,カナダ,オーストラリアでの特許の年月や番号がびっしり記入されている。特許権の主張のためには説明をなくすこともいとわない。権利社会ならではのことと言えようか?

とにかく,VPKはその誕生から100年を経た今でも立派に使えることが確認できた。

■2012年10月9日   木下亀吉

参考文献
1.白松 正:「カメラの歴史散歩道」,(株)朝日ソノラマ,2004
2.上野千鶴子ほか:「写真用語辞典(改訂版)」,(株)日本カメラ社,1997

 

 

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